没入型バーチャリティが本格普及

VRやARを手軽に利用できるようになるにつれて、 ビジネス界はそこに強力な利用方法を見いだす

著者: Joseph Knoop
21 November 2016

1 min read

低価格のビューア(視聴用の端末)が市場に投入された2016年は、仮想現実(VR)、拡張現実(AR)およびその他の没入型 バーチャリティ(iV)全般に関する報道が盛りだくさんでした。しかしこうしたテクノロジーの「高級版」ともいえる上位技術が、 これまで数十年にわたって世界最大級の企業の多くで利用されてきたことは、あまり知られていませんでした。iV分野への新 規参入企業の学習曲線が上昇軌道に乗り始める一方で、こうしたイノベーションを主導する企業もリードを広げています。

ス兵士達は、通り過ぎる砂漠の景色を ほとんど意識することなく、体をこ わばらせて軍用車両の中に座って います。その時、予告なく道路で爆発が起こ り、周囲は瞬時に黒煙と混乱に包まれます。

ただし兵士達がこの場面に初めて遭遇した ときとは異なり、車両、景色、爆発のどれ一つ 本物ではありません。彼らは、米国の南カリ フォルニア大学クリエイティブ・テクノロジー 研究所(Institute for Creative Technologies) で開発されたPTSD(心的外傷後ストレス障 害)治療の一環として、VRビューアを着用し、 診察室の中で追体験しています。

いっぽう欧州では、自家用車の購入を検討して いる人が、同じようなビューアを装着してオプ ションの組み合わせをあれこれ試しています。い ま在庫があるオプションがわずかでも、検討後 に自分の好みに完璧に合った車両を注文できます。

ある家ではカップルが家具の買い物のた め、自宅のリビングルームで、VRモデルの中に配 した仮想のソファの周囲を歩き回っています。あ る工場では、作業員がメガネ型のAR端末を通し てずらりと並んだ部品を見渡し、視野に表示され る手順に基づいてそれらを組み立てています。

ごく短期間のうちに、拡張現実(AR)、仮想現実 (VR)、複合現実(MR)を使用する新しい方法 が、至る所で形になってきています。これらは総 称して没入型バーチャリティ(iV)といわれます。

zSpaceの “CAVE on a table” VRシステムは医師および研究者が手術の 手順を立てる為あるいはインプラント可能なメディカルデバイス線形の為 に活用されています。 KG(I Keck Graduate Institute)ではzSpace table を使って将来のバイオ科学者を育てています。(Image: © zSpace)

NVIDIA社のエンタープライズVR部門担当 ディレクターを務めるDavid Weinstein氏は 次のように述べています。「あらゆる業界から 話を聞いています。VRは、医学、建築、教育、 製品デザイン、小売りなど、日常生活全体にわ たる分野に革命をもたらしています。NVIDIA はこれらの業界の企業やデベロッパーに向 けて、最高レベルのパフォーマンスと、写真の ように克明な描写や没入感を確実に実現し、 企業が設計や製造のワークフローにVRを違 和感を感じさせないビジュアルとして組み入 れるソリューションに注力してきました」

成熟期を迎えつつあるVR

2015年7月、調査会社のガートナー社は、『先 進テクノロジのハイプ・サイクル:2015年』に おいて、ARとVRの両方が、過度な期待を背 負ったテクノロジーが期待を満たせないとき に起きる急激な落ち込みとして定義されてい る「幻滅期」に達したと分類しました。ただし この時期にあることは、決して否定的な意味 を持っておらず、ビジネス界がこれらのテクノロジーについて十分な経験を積めば、すぐ に本当の生産性を実現する用意ができてい ることを示しています。

ちょうど1年後、ガートナー社が2016年版のハ イプ・サイクルを公開したときに、オキュラス 社、HTC社、グーグル社、サムスン社などが、低 コストのスマートフォン・テクノロジーを使用 して、幅広いユーザーの手が届く価格のヘッド マウントディスプレイ(HMD)を開発しました。 ガートナー社はテクノロジーの実用性が拡大 したことを確認して、VRを「啓蒙活動期」へ移動 させました。ARは「幻滅期」に留まっていますが、「啓蒙活動期」に近い方へ移動されています。

ガートナー社のサイクルにおいて、VRとARは 次に、採用率が市場潜在力の20~30%に達し たときに「生産の安定期」に進みます。ガート ナー社は、VRとARが日常業務の一部になるま で、あと5~10年かかると予測しています。

「VRではコラボレーションを利用したアプローチが促進されます。コラボレーションを行うには文化を変えることが必要で、 始めるのは早ければ早いほどよいのです」

PASCAL THEROND氏
Kalista 社共同創業者

国際的金融企業のゴールドマンサックス社 は、ARとVRに関する2016年の『Profiles of Innovation』というレポートで、どちらのテク ノロジーについても大きな成長を予見して います。2016年の売上はほとんどハードウェ ア販売が占めていますが、ゴールドマンサッ クス社のの予測シナリオの一つでは、2025 年までのiV関連売上高は800億ドルで、そ の内訳は、ハードウェアが450億ドル、ソフト ウェアが350億ドルとなっています。

ゴールドマンサックス社は、支出の75%がVR に集中し、25%がARに向けられると予測して います。また、支出の54%が消費者向け用途
没入型バーチャリティが本格普及 VRやARを手軽に利用できるようになるにつれて、 ビジネス界はそこに強力な利用方法を見いだす に、46%が企業および公共部門向け用途に 費やされるとしています。

iVを表わす曲線の背景

CAVE(Cave Automatic Virtual Environment  訳注:暗室内にプロジェクタとスクリーン で構築されるVR環境)が発売された1992年 には、VRテクノロジーを利用できるのは資金 力のある大企業や組織だけでした。しかし現 在では、長年にわたる研究開発と投資によっ て、あらゆる規模の企業がVRを利用できるよ うになってきています。

HTC ViveのB2Bバーチャル・リアリティ部門バイ ス・プレジデントであるHervé Fontaine 氏は次 のように述べています。「手ごろな価格のHMD を開発するべく数年にわたって取り組んだ後、 ゲーム向けだけでなく、情報を操作する新し い手段としても実用化できました。『フラットな (二次元の)』情報だけでなく、3D化された情 報データを操作できるので、本物に見えます」

すでに多くの企業がiVを日常業務に取り入 れ始めている中、遅れを取り戻すために使え る時間はそう長くないなってきているという 点に関して専門家の意見は一致しています。

フランスとイギリスに事務所を置くコンサル ティング企業Kalista社の共同創業者で、小売 り分野のマーチャンダイジングを専門としVR にも詳しいPascal Therond氏は、次のように 述べています。「仮想現実を利用するには、 企業における仕事のすすめ方を根本的に変 える必要があります。そのための業務プロセ スや習慣を変えるのには時間がかかります。 多くの組織がまだ縦割りの体制で仕事をし ていますが、VRではコラボレーションを利用 したアプローチが促進されます。コラボレー ションには企業カルチャーの変革が必要で、 単なる組織変更の場合よりも、さらに多くの 時間がかかります。そのため、始めるのは早 ければ早いほどよいでしょう」

「そのうえで、私たちはまだVRとARの初期段 階にいるので、競合に先んじた状態を維持 し、学習曲線を乱すおそれのある要因に対 処するため、試行錯誤しながら会得すべき事 柄が数多くあります」(Therond氏)

iV:変化をもたらす エクスペリエンス

iVが強力であるのは、感情に訴えるエクスペ リエンスを作り出すためです。こうしたエクス ペリエンスは、その他のいかなる手段よりも 変化を引き起こす力を持つことができます。

英国シェフィールド大学のInsigneo Institute forin silico Medicine(コンピュータを利用し た医学の研究所)で医学物理学の講師を務 めるJohn W. Fenner氏は、「VRを経験したこ とのない人に説明するのは不可能です」と述べました。この研究所は、人体のあらゆる器 官をコンピュータで作成する精密なモデル、 『Virtual Physiological Human(VPH:生理 学的バーチャル・ヒューマン)』の開発を目的 としたEUの取り組みを支援しています。

「VRは間違いなく、一般の人たちを研究の場 に連れてきて、研究者が何を何のためにして いるかを理解してもらう助けとなり、彼らに 忘れられないエクスペリエンスを与えられる 強力な方法です。複雑な技術的研究の内容 を伝えるのは難しい場合もありますが、VRで 見せれば、その人たちは目で確認することに より見た内容を明確に理解できます。これは 強力な手段です」とFenner氏説明します。

2007年にトロント大学生産工学教授のPaul Milgram氏によって発表された概念です。上記の連続線は、完全な仮想(バーチャリティ)から完全な現実(リアリティ)へと 広がっていて、現実の物体と仮想オブジェクトの、考えられるあらゆる組み合わせが含まれています。

そして現在では、HMDのおかげで、どこでも VRを利用できるようになっています。

「もはやCAVEは必要ありません」とFenner氏 は述べました。「グーグル・カードボードを使 えば携帯電話でVRを利用できます。VRが日 用品になって皆が持っているようになった場 合、すべてが変わることになります。たとえば 臨床医と患者とのやりとりには、多くの時間 が費やされます。しかしこの新しいVRにそう した状況を変える可能性があると考え、多く の人々が当研究所を訪れています」

情報を伝達するiVの力は、あらゆるレベルの 教育機関の注意も引き付けています。

zSpace社は、教育機関や医療機関に「卓上 型CAVE」とも言えるVRシステムを提供してい ます。子供たちは、既にある3Dモデルのライ ブラリを参照して、デジタルのカエルを繰り 返し解剖することができます。同じ回数の解 剖を実際のカエルの生体を使用して行うの はかなり困難です。また医療分野では、すべ ての人に当てはまる理想的な心臓について 考察するのではなく、患者本人の心臓をモデ ル化し、VRで異常がないか検査することがで きます。

zSpace社で戦略的ビジネス開発担当のバイ ス・プレジデントを務めるPete Johnson氏 は、次のように述べています。「実際のデータ から構築しようとしているのは、まさに『患者 自身の』心臓であり、それによりリスクを冒す ことなく繰り返し実験を行うことができます。 この弁とそちらの弁の置換術をしたらどうな るか、手術部位への最適な道筋は、といった 課題を実験で検討できます。実世界を複製で きれば、たくさんのメリットがあるのです」

先陣を切るB2B企業

医療と教育の分野でiVが地歩を固めていると きに、企業はiVを利用して、複雑なプロセスを 実行したり、ビジョンを伝達したりしています。

3Dで設計を行うB2B企業は、以前は2Dのコ ンピュータ画面でのみ表示可能であった、幾 何学的に正確なモデルのライブラリを大量 に所有しています。iVを利用すれば、これらの モデルを使用して、豊富な情報を利用した製 品設計から、変化をもたらす力を持つ販売戦 略やマーケティング戦略まで、無限の可能性を拓く完全に没入型のエクスペリエンスを動 かせるようになっています。

ブラジルに本拠を置くエンブラエル社は、iV を複数回繰り返して、自社の航空機設計を完 全なものにするために利用するリアルな仮 想環境を生成することによって、すでに先を 進んでいます。

米国フロリダ州にあるEmbraer Engineering & Technology Center USAでマネージング・ ディレクターを務めるPaulo Pires氏は、「当 社が最初に導入した仮想現実の応用例は CAVEソリューションでしたが、VRモデルを見 ることができるのはその場に出席しているメ ンバーだけであり、かつモデルを操作できる のも1人のシステムユーザーに限られていま した」と述べています。しかしエンブラエル社 の新しい複合現実ルームでは、そうした制限 はなくなっています。

「会社の3D CADモデルと没入型の設計レ ビュープロセスを統合した、シンプルかつ シームレスなシステムになっています。当社 は、デジタルコンポーネントと物理モデルの 両方から構成される仮想空間で実施する没 入型設計レビューを通して、製品開発をスピードアップしてきました。参加者は仮想モ デルを操作し、物理的にどこに居るかを問わ ず、およそ10人強の他のチームメンバーとや り取りができます。参加者全員が同時に、さ まざまな設計構成を調べて注釈を付けるこ とができます」(Pires氏)。

Pires氏は、仮想現実でのコラボレーション は大きなメリットを生み出していると述べま した。「内装作業場や金属加工所に加え、3D プリンティングにおいても、物理モデルの作 成や評価に要する時間と予算を節約できて いることはすでに把握しています。投資に見 合ったメリットが実現されて、製品開発を効 率的にスピードアップするという投資の主な 目的が実証されています」

エンブラエル社で次に計画されているのは、iV をすべての生産プロセスと航空機メンテナン ス手順の計画策定とシミュレーションに適用 すること、およびプライベートジェット機のイン テリアデザインにiVを適用し、クライアントと 協力して専用のデザインを作成することです。

拡張現実による製造の簡素化

iVソリューションの産業プロセスへの導入支 援を専門とするDiota社(フランス)は、企業 が従来使用していた作業手順書のARへの置 き換えを支援することで、製造の精度と生産 性の向上を図っています。

タブレット、AR投射システム、またはDiota社 のソフトウェアを備えたメガネ型デバイスで 作業用の部品が表示されるときには、部品そ のものの上に作業指示が表示されます。作 業員は、実行中の作業から目を離し、手順書 で次を確認する必要がなくなります。こうし た表示によって、次の手順で穴開けや切断を 行う正確な位置を見つけたり、適用するトル ク量を把握したりすることができます。

Diota社共同創業者であるLionnel Jousseme 氏は次のように述べています。「作業員は、何 らかの非常に複雑な作業を実行する必要が あります。重要なのは、実行すべきことを彼ら が理解することです。拡張現実を実際の環境 に合せて導入するときには、作業員がこのテ クノロジーを歓迎し、積極的に適応している ことが分かります」

NVIDIA社では、Weinstein氏がARに対する 同様の熱意を目にしています。

「私は、プロ向けの用途ではARがVRより優位 を占めるだろうと考えています。いつもHMD を装着して仮想世界へ行く、というのは気が 進みません。実世界に情報を重ねるだけに 留めたい場合が数多くあります。皆が、画像 をオーバーレイ表示するメガネを掛けること に慣れることになるでしょう。たとえば、工場 の作業現場で供給量を確認したり、天井裏の 配管の場所を確かめたりすることができま す」(Weinstein氏)

iVで消費者に喜びを

消費者指向の環境では、iVによって即時かつ 継続的なフィードバックループを実現できる ため、企業は購入者によりいっそう喜びを与 えられるようになります。

住宅やオフィスの開発を専門とするフラ ンスの企業、AltareaCogedim社でマーケ ティング担当バイス・プレジデントを務める Thomas Penet氏は、次のように述べていま す。「お客様にとって、2Dの図面を理解するの は容易ではないことは分かっています。その ため徐々に、ウェブ上でバーチャルのアパートを訪問する機能を持つ3Dソリューションを 導入してきました。VRの実装は、その機能を 引き続き進化させたものです」

AltareaCogedim社の顧客は注文した住宅 やアパートが建設される前に、VRを使って完 成後の受け渡しモデルを理解できます。VR は、双方にとって取引に好ましくない驚きが 起きないよう貢献しています。

iVは、小売業者や消費者向け製品メーカー が、最大限の効果をあげられる展示方法を 計画するのにも役立っています。購買行動に 対応するイノベーションに注力する北フラン スの研究所、Silab社は、iVを利用してより快 適なショッピング・エクスペリエンスを創り出 しています。Silab社はVRヘッドセット、視線 追跡ソリューション、CAVEを組み合わせて使 用し、消費者が店舗ディスプレイにどのよう に反応するかを測定します。これは小売業者 や製品メーカーが必要とする機能です。

Silab社の開発担当ディレクターJeanMichel Flamant氏は、次のように述べてい ます。「私たちはCAVEと(ダッソー・システム ズの)『パーフェクト・シェルフ』ソリューショ ンを使用して新しい店舗デザインを検証し ています。この方法で非常に高い生産性を 実現できています。以前は、物理的なレイア ウトに問題が見つかった場合、売り場を一か ら作り直す必要がありましたが、今はVRを利 用して、バーチャル環境で製品を並べ直した り、一部の棚を移動したりして、新しい店舗 ディスプレイを試す準備を整えています」

導入拡大中のiV

今後、中小企業がiV機能を試し、大企業も引 き続きその利用範囲を拡大していくにつれ て、iVの応用領域は拡大していくしょう。 HTC社のFontaine氏は次のように述べてい ます。「過去18ヵ月で、状況は非常に大きく前 進しました。一般的な企業の要件に適合する ように特に設計されたVive Business Edition のようなHMDによって、CAVEの数百分の一 のコストで、ビジネス環境にVRがもたらされ ました。これは、VRが初めて、大企業の専有 物ではなくなったことを意味します。小規模 な下請け企業やパートナー企業もVRを利用 できるようになったのです」

新しいモデルを設計し、構築するには、自動車分 野や航空宇宙分野のメーカーのような大企業 が、そのサプライヤーやパートナー企業とコラ ボレーションを行うことが欠かせないため、こう した拡大が重要だとFontaine氏は指摘します。

「当初の用途は主に視覚化に関連していま すが、VRによって大規模に、遠隔地間のコラ ボレーションを『一緒に行う』ことが可能にな ります。計画された、物理的に出席する会議 から、顧客さえ含めて、各地に分散した参加 者との間で実施するインスタント・ミーティ ングに移行できます。これは電子メールから インスタント・メッセージングへの急速な移 行に匹敵する変化です。VRは、場所を問わず コラボレーションを利用し、迅速に、かつより 優れた方法で仕事を処理するビジネスツー ルとして、急速に普及する準備ができたので す」とFontaine氏は最後に述べています。

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