2018年3月、推定5万本の高級オーストラリアワイン「ペンフォールズ」の偽造品が、中国警察によって押収されました。そのわずか4カ月前にも、同じワインの偽造品1万4,000本が押収されましたが、事が発覚したのは、ペンフォールズの生産元であるトレジャリー・ワイン・エステーツが、中国eコマース最大手のアリババが運営するマーケットプレイスに疑わしいほど安い価格で同社のワインが出品されていることに気づき、苦情を訴えたことからでした。
食品偽装は世界的にも大きな課題です。それによって、食品業界に年間約400億米ドル(340億ユーロ)もの損害が発生するだけでなく、ブランドの評判が傷つき、食の安全が問われる事態となります。アルコール飲料のケースでは、量を増やすために工業用の有毒な化学薬品をお酒に混ぜて販売した偽造業者が有罪判決を受けました。
デジタルマーケットプレイスを運営するアリババにも、食品偽装は脅威となります。そのため、オーストラリアとニュージーランドの企業4社と提携し、食品追跡システム「フード・トラスト・ネットワーク(Food Trust Network)」のパイロット試験を、アリババのBtoC向けマーケットプレイス「天猫Tmall」で実施しました。このシステムのベースは、デジタル通貨のトレーサビリティとセキュリティを確保するために開発された分散型データベース「ブロックチェーン」のテクノロジーです。この技術を応用し、改ざん防止につながるトレーサビリティと透明性を、今度はサプライチェーンでも実現させようとしています。
「ブロックチェーンは『サプライチェーンだけでなく、マーケットプレイスを通じた世界的な貿易にも最適』です」
MICHAEL CASEY氏
MITメディアラボアドバイザー、作家
ブロックチェーンは「サプライチェーンだけでなく、マーケットプレイスを通じた世界的な貿易にも最適です」と話すのは、MITメディアラボのアドバイザーで、『仮想通貨の時代(原題:The Age of Cryptocurrency: How Bitcoin and the Blockchain are Challenging the Global Economic Order)』と『The Truth Machine: The Blockchain and the Future of Everything』(未邦訳)の著者でもあるMichael Casey氏です。「ブロックチェーンは、データを検証することで、信用実績のない相手との取引を可能にする技術だからです」
マーケットプレイスに最適
パリを拠点にブロックチェーン研修を提供するBlockchain Masterclass社のCEOを務め、マーケットプレイスを立ち上げた経験もあるJonathan Behar氏は、ブロックチェーン技術を利用すれば、マーケットプレイスのセキュリティを簡素化する一方で、そこで販売される商品の信用を確保することができると考えています。
「現在、こうした信用に関する問題は、マーケットプレイスの運営側が事前に売り手と買い手を十分に審査した後、そのプロセスをユーザー・コミュニティに引き継ぎ、評価やフィードバックを通じて審査を継続させています。他のマーケットプレイス、特にCtoC向けのマーケットプレイスでは、コミュニティの審査に完全に依存しています。商品の品質、信憑性、安全性、持続可能性を判断できる具体的なデータが得られるブロックチェーンを利用することで、こうした審査を商品にも人にも適用することができます」とBehar氏は述べます。
時期尚早
そんなメリットがあるなら、すべての企業がサプライチェーン管理システムへのブロックチェーンの採用を検討するべきではないのかと思うかもしれませんが、Casey氏は「少なくとも今のところは、その必要はない」と答えます。
「ブロックチェーンは、データベースの一種というよりも、インターネットや通信ネットワークのようなインフラだと捉えると分かりやすいでしょう。このブロックチェーンというインフラは新しい形の簿記台帳のようなもので、まだ標準化されておらず、容易に利用できる段階にはないのです」
Casey氏によれば、主な課題は、ブロックチェーンには「許可型」と「非許可型」のモデルがあることです。非許可型ブロックチェーンは、インターネットのように一般に公開されているシステムで、暗号通貨をサポートするために開発されたものです。許可型ブロックチェーンは、このシステムを非公開で運用するもので、サプライチェーンの効率性や透明性を高めるために利用されますが、システム全体を管理するゲートキーパーが存在します。
「ブロックチェーンを、世界中の流動的な需要連鎖の動きをサポートできるグローバルな簿記台帳インフラとして機能させるには、共通合意に基づく単一の非許可型システムでなければなりません。銀行や大企業などの1つの中央集権組織によって管理されるシステムであってはならないのです。独立したコンピューターで構成される分散型ネットワーク全体に広がり、数学的な法則と暗号化技術によって台帳の完全性が保証されなければなりません」
Casey氏によれば、現時点でブロックチェーンの利用に必要なリソースとスキルを持っているのは大企業に限られます。「しかし、ブロックチェーンの拡大と成熟が進み、標準化や効率的な拡張といった中心的問題への対処がなされれば、おそらくサプライチェーンの関係者すべてが利用できるようになるでしょう」
とはいえ、ブロックチェーンの最大の価値は、未知の取引相手との間に信用を生み出す能力であることに変わりはないとCasey氏はいいます。「その状況が発生するのは、公共のマーケットプレイスという『コスト・オブ・トラスト』が最も高い場所です。コスト・オブ・トラストとは、複数の組織が関与するサプライチェーンで行われる膨大な量の記録管理のことです。ブロックチェーンは、このコストを下げる能力があるだけでなく、スマートコントラクトやモノのインターネット技術と組み合わせることで、それ以上の能力を発揮する可能性を秘めています」”
スマート技術
スマートコントラクトとは、ソフトウェアのコードに書き込まれ、ブロックチェーンのネットワークに保管される、自己実行型の契約をいいます。ブロックチェーンの台帳に特定のイベントが記録されると、それに応じて送金、出荷、返金などのアクションを自動的に実行します。
「IoTセンサーは、荷物がトラックに積み込まれたり、貯蔵温度が上限を超えたりといったイベントをリアルタイムで自動的に検出・記録することで、マーケットプレイスの自動化をさらに普及させ、可視性の粒度をさらに向上させることができます」と、Casey氏はいいます。
未来のマーケットプレイスでは暗号通貨も一翼を担うのかという問いに、Behar氏は、そうなるだろうと答えます。
「暗号通貨はすでに、ブロックチェーンのシステムにトークンとして組み込まれています。そのため、暗号通貨をデジタル通貨としてプラットフォーム上のトランザクションに利用するのに諸経費は必要ありません。現在では換算レートを管理できる技術もあるため、暗号通貨を利用することでマーケットプレイスの取引から中間業者を排除し、コスト削減を実現できる可能性があります。暗号通貨は少額決済にも対応しているので、マーケットプレイスによって発展途上国のマイクロ起業家にまで取引の機会を広げることができます」
マーケットプレイスで重要なのは出店を拡大させることです、とBehar氏はいいます。「マーケットプレイスは商取引の未来です。そして、ブロックチェーンにより、個人や大小の企業が『場所を問わない製造/購入、移動、販売』を可能にするビジョンを実現させることができます」