即断即決の組織論

パンデミックで浮き彫りになったビジネスアジリティの重要性

Jacqui Griffiths
16 November 2020

新型コロナウイルス感染症が生命を脅かし、重要なサービスを中断させ、需要と供給の大きな変動を引き起こす中、あらゆる種類の組織がいまだかつてないスピードで変化に適応することを求められています。組織のリーダーは将来への道を模索するにあたり、バーチャルエクスペリエンスを活用して、その組織に必要なアジリティを実現することが不可欠となっています。

新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、世界のビジネス環境を激変させました。航空業界、全世界の観光業界、コンサートやスポーツイベントを含む大規模集会が壊滅的な損失を被る一方で、世界的なアナリスト企業であるマッキンゼー・ア⁠ン⁠ド・カ⁠ン⁠パ⁠ニ⁠ーは、遠隔医療の需要が15日間で10倍に増加し、オンライン配信量が8週間で10年分の増加を記録し、eコマースがわずか3ヵ月で10年分の成長を遂げたと報告しています。また、オンライン教育とテレワークの需要も大幅に増加しました。

勝者と敗者の明暗を分けたのは何でしょうか。それは、迅速に方向転換を図り、高度なデジタルテクノロジーを活用して「ニューノーマル」に順応できたかどうかです。ここでは特に、新しいシナリオやビジネスモデル、製品やサービスをバーチャルエクスペリエンスとしてモデル化してテストし、改良を加えることで、科学的に正確な3Dモデルにデータを変換し、理解と洞察を深められるかどうかが重要となります。次に訪れる混乱は今回とは大きく異なる形をとる可能性がありますが、これらの仮想機能とデジタル機能によってもたらされる優れたビジネスアジリティの利点は変わりません。

世界経済フォーラムは次のような見解を示しています。「歴史が示すよりも世界がパンデミックやサイバー攻撃、気候システムの急変(臨界点)による混乱の影響をはるかに受けやすいことは、今回の危機によって明らかになりました。私たちにとっての『ニューノーマル』は、新型コロナウイルス感染症そのものに対処することではなく、このような事態に備えることなのです」

さまざまな業界の組織がデジタル機能と仮想機能の促進という課題に取り組む中、すでに移行を進めている企業と遅れをとっている企業との間のギャップが急速に拡大しています。

「私たちを取り巻く世界が、歴史が示すよりもパンデミックやサイバー攻撃、気候変動による混乱の影響をはるかに受けやすいことがわかりました。私たちにとっての『ニューノーマル』は、新型コロナウイルス感染症そのものに対処することではなく、このような事態に備えることなのです」

世界経済フォーラム

ボストン コンサルティング グループは2020年の報告書『The Digital Path to Business Resilience』の中で、次のように述べています。「新型コロナウイルス感染症の危機が発生する前にも、多くの企業はテクノロジーの変化についていくのに苦労していました。パンデミックが始まって以来、この課題は加速度的に増大しています。また、私たちの想像を上回るレベルまで未来の仕事と生活がデジタル化するであろうという認識が深まり、注目を集めるようになっています。ほぼすべての組織がデータ、分析、デジタルツール、オートメーションに頼る必要に迫られるようになっていく中、デジタルテクノロジーは将来のビジネスレジリエンスを実現する上で、今後ますます重要な要素となります」

新たな現実のための戦略

組織が今日の運用体制を維持し、将来の衝撃的な出来事に対するレジリエンスを築くための取り組みを大急ぎで進める中、デジタルな形で実現したバーチャルエクスペリエンス・テクノロジーによってもたらされる全体論的な視野と運用モデルの必要性に、焦点が当てられるようになっています。

米オハイオ州立大学フィッシャー・カレッジ・オブ・ビジネスの国立ミドルマーケットセンターで事務局長を務めるThomas A. Stewart氏は、次のように述べています。「今後は、オフィス勤務とテレワークの組み合わせ、分割シフトのほか、体調不良のメンバーがいる場合に隔離できる『ポッド』で働くチームなどの形態が見られるようになります。このことは、クリップボードやスプレッドシートでは対処できないほどの数のワークフォース・マネジメントの問題を提起します。たとえば、リモートチームはどのように管理すべきでしょうか。障がいのある社員やホームコンピューティング環境が適切に整備されていない社員に必要な配慮はどのようになされるべきでしょうか。社員や顧客が身の安全を感じられるようにするために組織は何をすべきでしょうか」

人々がたとえ電子ファイルを扱えたとしても、急速に変化する状況管理に素早く対応できない「紙ベース」、つまり不統一でバラバラのデータしか持ち合わせていないということに、都市から医療、製造に至る様々な組織が気づきました。アドバイザリーおよび調査コンサルティング会社のガートナーは、パンデミックのような予見不可能な将来の危機におけるレジリエンスを築くため、新しいビジネス目標を中心に据えた戦略モデルと運用モデルに従って今すぐ行動することを組織に提言しています。

ガートナーの調査責任者であるChris Howard氏は、次のように述べています。「労働力と仕事そのものがリセットされ、雇用主と従業員の関係がリセットされ、ビジネスエコシステムがリセットされました。このようにパンデミックは一部のリーダーの戦略を一掃してしまいましたが、同時に貴重な経験ももたらしています。今こそ経営陣を結集し、今回学んだ教訓を生かして、新たな現実に合わせてビジネスモデルと運用モデルを再構成すべきです」

「最終的に勝利をつかむのは、つの視点で物事を見ることのできる企業です。つは、現在の運用上不可欠なものとしてデジタルテクノロジー投資をどのように行うべきか、そしてもうつは、これらの投資をどのように活用すれば現在および将来の戦略的機会を開拓できるか、という視点です」

Thomas A. Stewart氏
米オハイオ州立大学フィッシャー・カレッジ・オブビジネス 国立ミドルマーケットセンター事務局長

たとえば、パンデミック下で深刻な混乱が発生したサプライチェーンでは、デジタルによって可能になるレジリエンスを確立することへの投資が大幅に増加する可能性が高いとマッキンゼーは予測しています。同社によれば、世界で取引されている中間財の価値は2000年から3倍増加し、10兆米ドルを超えていますが、「これらの長く複雑なサプライチェーンがいかに脆弱であるか」がパンデミックで明らかになりました。

マッキンゼーは2020年8月の報告書『Reimagining industrial supply chains』の中で、グローバルサプライチェーンの効率性を示す主要指標はパンデミック前の数年間に改善されていたものの、大きな混乱が生じた場合の損失が驚異的なものになる可能性を指摘しています。

Image © Mongkol Chuewong - stock.adobe.com

報告書の中でマッキンゼーは次のように述べています。「2011年の東日本大震災から今年のパンデミックに至るまでの世界的な混乱を通じて明らかになったとおり、サプライチェーンが効率的で費用対効果に優れているからといって、そのサプライチェーンにレジリエンスがあるとは限りません。過去数年間を見ても、毎年20社のうち少なくとも1社が、サプライチェーンの混乱に伴う1億米ドル以上の損失を被っています」

マッキンゼーがサプライチェーンの上級幹部を対象に実施した調査によると、パンデミックによって明らかになった弱点を改善するために、原材料のデュアルソーシング、重要製品の在庫の増加、サプライチェーンのニアショア化または地域化、「計画プロセスの全段階におけるビッグデータおよび高度な分析」への投資が進められています。その目的は、OEM元の企業が既にステータスを追跡可能な少数の一次サプライヤーに対して素材や製品を供給する、数千の二次、三次サプライヤーの間で混乱の兆候を高い精度でとらえることです。

成長のための準備

新しい働き方とライフスタイルを模索する動きが広がる中、組織はこの混乱をチャンスとしてとらえ、新たな可能性を切り開く取り組みをすでに始めています。

Stewart氏は次のように述べています。「人々はこの混乱を、自分たちが何を提供しているか、それをどのように販売しているか、どのような運用モデルを採用しているか、財政状況はどうかについて再考できる重要な戦略的機会としてとらえています。さまざまな方法でビジネスをリセットすることはいずれにしても必要となるため、今こそITチームから提案されていたイニシアティブを実行し、生産とマーケティングを変革する絶好のタイミングなのです」

そうすることで、これまでサイロ化(分断化)される傾向のあった対話の連携が組織で実現し始めているとStewart氏は言います。

「ITの責任者が必ずしもガバナンスやバランスシートに精通しているとは限りません。また、ITの分野で何が起こっているのかを戦略管理者が完全には理解していないことも少なくありません。これら二つのグループがビジネスチャンスの入った箱の周りにいて、それぞれのグループが一つずつ鍵を持っています。この箱の鍵を開けるには、二つの鍵を同時に使わなければなりませんが、これらのグループがそのことを常に認識しているわけではありません。でも今まさに、この二つのグループがそれぞれの鍵を同時に使おうとしているのです」

1億ドル

過去数年間を見ても、毎年20社のうち少なくとも1社が、サプライチェーンの混乱に伴う1億米ドル以上の損失を被っています。

マッキンゼー・アンド・カンパニー 『Reimagining Industry Supply Chains』

これらの鍵を組み合わせることによるパワーは、無計画に拡大する都市から、医療従事者や研究者、製造業者に至るまで、変革の取り組みを進めているさまざまな組織の間で認識され始めています。

たとえば、セキュアでデジタルなプラットフォームベースのシステムと、クラウドテクノロジーは、学習とサポートの提供のスケールアップを可能にしつつあります。このことは、学生にも、従業員にとっても、オフィスや教室での作業とリモートでの作業をシームレスに移行するために不可欠です。

また、海洋および産業プロジェクトのための複合構造物の計算を専門とするフランスのGSea Designは、デジタルおよびバーチャルエクスペリエンスの変革を組み合わせることで、危機的状況においても継続的な成長を実現できる方法を例証しています。

同社の設計者の一人であるRobin Lordon氏は次のように述べています。「新型コロナウイルス感染症の封じ込めによる混乱にもかかわらず、当社は影響をほとんど受けませんでした。進行中のプロジェクトの完全な継続性を確保し、新しいプロジェクトを統合し続けています。私たちのテクノロジープラットフォーム、特にクラウドの役割は、社内はもちろん、お客様と社外でコラボレーションするというニーズにも完全に対応しています。これが、プラットフォームが動作する方法の本質です。私たちは同じデータを使用して体系的に連携できるのです」

GSea Designと同様に、デジタルトランスフォーメーションの取り組みを進めている組織は、急速に変化する景気情勢や消費者マインドの手がかりをソーシャルメディアから得る上で、デジタルプラットフォームとダッシュボードがいかに効果的であるかを認識しています。これらの手がかりに基づいて、傾向を特定して監視し、地域社会や市場の根底にある心理を理解することができます。

Stewart氏は次のように述べています。「組織と顧客の関係が近くなるほど、データを共有し、支払いを統合し、互いの在庫を可視化する、信頼性のある環境を築くことができます。信頼に基づくデジタル環境では、知的財産の保護を心配することなく問題を解決でき、誰もが利益を得ることのできるレジリエントなシステムを作る真の機会がもたらされます」

世界中の主要都市はパンデミックによって特に大きな打撃を受けました。ただし、3Dバーチャルツインなどのデジタルソリューションを国家規模で導入していれば、当局がパンデミックの広がりを追跡し、パンデミックがまだ到達していない地域から重要な医療用品を輸送することで、すでに逼迫している地域に迅速な救済ができたはずです。

ロンドンに本社を置く世界的な建築工学およびエンジニアリング会社であるArupで東アジア担当デジタルサービス & プロダクツ部門を率いるSankar Villupuram氏は、人々が職場に戻るための都市計画にも3Dモデリングを役立てられると指摘しています。

「一度に安全にオフィスで働くことができる人数と、高層オフィスビルの入退室管理の方法をモデル化しました。たとえば、センサーを使用してロビーでの密集レベルを監視したり、エレベーターのサービスレベルを下げると職場に到着するまでの時間がどのぐらい伸びるかを監視したりできます。ちなみに、この所要時間は実際にかなり伸びたことがわかっています。これらの情報を単一のビルから周辺地域または都市に当てはめて、所要時間を迅速に算出することが可能です」

このシナリオは、デジタルトランスフォーメーションを進めている都市や企業が、アイデアを現実の世界で実装する前に仮想の世界でテストし、コストのかかるエラーの可能性を減らす上で、システムとプロセスの3Dバーチャルツインがいかに役立つかを示しています。そして、仮想のシナリオは、現実世界から収集して仮想分析したデータによって強化されるため、継続的な仮想の学習サイクルが生まれます。

「未来の仕事と生活は、私たちの想像を上回るレベルまでデジタル化されるでしょう。デジタルテクノロジーは、明日のビジネスレジリエンスを実現する上で今後ますます重要な要素となります」

ボストン コンサルティング グループの報告書 『The Digital Path to Business Resilience』より

この機能と、さまざまな環境におけるウイルスの感染と拡散をシミュレートする機能を組み合わせることで、中国の中南建築設計院(CSADI)は、新型コロナウイルス感染症のパンデミック対策として建設された中国・武漢の雷神山医院の設計を迅速に最適化できました。

CSADIは特に、病院内での交差感染のリスクを抑制すると同時に、外部コミュニティや人の集まる場所、周辺地域への影響を最小限に抑えたいと考えていました。空気感染のリスクを最小限に抑えるため、高度な3Dシミュレーションソフトウェアを使用して、屋内外の液体、病院周辺の気流、換気システム内のウイルスの拡散をモデル化して分析しました。設計と建設のあらゆる側面を事前にバーチャルで計画することで、感染症とコロナ患者のための中国最大の仮設病棟をわずか14日で建設することができました。

中国をはじめ世界中の医師が患者の治療に取り組んでいるとき、フランスのグローバル製薬会社サノフィは、優れたコミュニケーション機能とコラボレーション機能を備えたクラウド版プラットフォームを使用して、新型コロナウイルス感染症の影響下でも治療法を開発し続けることができました。

サノフィの米国マサチューセッツを拠点とする医療・研究開発ITS担当バイスプレジデントMatteo di Tommaso氏は、同社の強力な危機管理計画に加え、近年のデジタル投資によってSaaS(サービスとしてのソフトウェア)とクラウドサービスが実現していたおかげで、世界各地に分散した従業員のほとんどを短期間で在宅勤務に切り替えることができたと述べています。

研究面では、サノフィのリモートの患者インタラクション機能により、同社のほぼすべての臨床試験が順調に進み、必要なときに適切な専門知識にバーチャルにアクセスできるようになりました。di Tommaso氏は、サノフィのITチームが変化に適応し、透明性を維持し、問題の発生に積極的に対処することを可能にするために、強力なガバナンス、主要な技術パートナーと良好なコミュニケーションを築きました。それゆえに、命を救う新しい治療法の迅速な革新が必要とされる危機の中でサノフィが記録的なスピードで新型コロナウイルス感染症の新しい治験を開始できたとdi Tommaso氏は言います。

行動を起こすべきときは今

オハイオ州立大学のStewart氏は、最終的にデジタルトランスフォーメーションは、組織が新しい現実に備えて、基盤となる製品やサービスを再考するための手段となると述べています。

「組織は今、付加価値サービスを生み出し、その成長を促進する手段としてデジタルトランスフォーメーションについて考える機会を与えられているのです。たとえば、製造業者の役割はもはや単に製品を販売することではなく、デジタルツインやIoT(モノのインターネット)などのテクノロジーを活用して、製品以外にも、予知保全などのあらゆる種類の付加価値サービスを販売するようになっています。このことが、ビジネスを変革する可能性をもたらすのです」

このため、パンデミックにより組織があらゆる変化や縮小を強いられる中にあっても、デジタル投資は続いています。

Stewart氏は次のように述べています。「中堅企業の間では、デジタルプロジェクトは縮小されていません。その理由としては、これらの企業にその資金力があることに加え、顧客、従業員、サプライヤーを再編する上でデジタルプロジェクトが必要な存在であることが挙げられます」

実際、デジタルトランスフォーメーションを進めている7業種の企業を2020年6月にマッキンゼーが分析し、新型コロナウイルス感染症のパンデミックによる影響への対応を比較したところ、ほぼすべてのアジャイル型ビジネスユニットの方が非アジャイル型ユニットよりも優れていることが判明しました。デジタルアジリティへの投資は、顧客満足度、従業員エンゲージメント、運用パフォーマンスの測定指標全体にわたって改善をもたらしています。

Stewart氏は言います。「このような環境において事業を運営するには、テクノロジーへの投資が必要です。最終的に勝利をつかむのは、二つの視点で物事を見ることのできる企業です。一つはデジタルテクノロジーへの投資が業務上の必要性として今どの程度であるのかという視点、もう一つは、これらへの投資を現在と将来の戦略的機会を開拓するためにどのように活用できるかという視点です。これらの視点を持つ企業が、豊富なビジネスチャンスをつかむことができるのです」

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