エクスペリエンスの声

イノベーション・ラボ・ECCO(ILE)代表 パトリッツィオ・カルッチ氏


3 January 2019

足は人によって全く異なるものであり、「同じ足」や「普通の足」は存在しないにもかかわらず、多くの靴が誰でも履けるような規格化されたサイズで生産されています。そうした中で真のマス・カスタマイゼーションの仕組みを実現しつつあるのが、我々のイノベーション・ラボです。

 一人ひとりに合わせてシュー・フィッティングを行うためには、従来は足の専門医や靴職人によるサービスに加え、高額な費用や長期に及ぶ作業が必要でした。

 しかし先進のテクノロジーを組み合わせれば、一人ひとりにぴったりフィットする特注の靴をわずか1時間で、淀みなく作成できます。利用するのは3Dスキャニング、センサーベースの歩行分析機能、3Dモデル、パーソナライズされたデータに合わせてモデルを自動調整する独自のアルゴリズム、ECCOが開発した独自工程で使用する3Dプリンター対応シリコーン、さらには工程全体を効率化するクラウドベースの製品イノベーション・プラットフォームなどのテクノロジーです。

テクノロジーの調和

こうしたさまざまなテクノロジーを組み合わせることで、優れた価値が生み出されます。それは、ドラッグストアで販売されているようなフリーサイズの靴の中敷ではなく、一人ひとりの靴に合わせて完全に特注されたミッドソールです。ECCOがカスタマイズするのは履き心地だけではありません。たとえば歩くための靴なのか走るための靴なのか、長時間の立ち仕事に使用するのか、日常生活で使うのかなど、履く人それぞれに特有な「動作」や靴の「使われ方」に対しても調整を行います。また将来的には、特定の専門分野で求められる特別な需要にも対応します。

 業界で55年の実績を持つECCOは、靴の製造に関するさまざまな経験を有しています。それでも、上記のような画期的な仕組みの実現は我々にとって容易なことではありませんでした。

「これはインダストリー・ルネサンスの核心となるものです。知識やノウハウを活用して、以前は想像すらできなかったような履き心地を実現し、その過程で全く新しい産業が復興あるいは創造されます」

パトリッツィオ・カルッチ氏
イノベーション・ラボ・ECCO(ILE)代表

靴の性能を高めるには、両足の3Dモデルだけでなく、その人の歩き方や歩幅に関する広範なデータが必要になることをエンジニアたちは十分に理解していました。こうした特性を把握するために導入した最新のテクノロジーは2つあります。1つは足のスキャンデータを分析するためのソフトウェアで、もう1つは独自開発のウェアラブル センサーです。このセンサーを着用すると、荷重や速度を含めてお客様一人ひとりの立ち方や歩き方、走り方に関するデータを収集できます。次に、独自のアルゴリズムを使用して数千に及ぶデータポイントを分析し、履く人の生体力学データに合わせて標準的な3Dミッドソールのデザインを調整します。こうしたことから、このシステムは「履く人を数値で表す」ことを意味する「Quant-U (Quantified You)」と名付けられました。

 特に難しかったのは、データを分析するためのアルゴリズムの作成でした。この式を使えば、履く人ごとに異なる仕様に合わせて3Dモデルを調整するのに必要な計算をほんの数秒で実行できます。

 次に必要だったのは、ミッドソールに最適な材料を探し出すことでした。我々が求めていたのは、履いた時の快適さや耐久性、性能を高められ、なおかつ3Dプリンターで製造できる材料でした。そしてようやくたどり着いたのが、ダウ・ケミカルが生産している、3Dプリンティングが可能な最先端のシリコーン素材です。現在はアムステルダムのラボに、また、期間限定イベントの最中にはQuant-Uサービスの旗艦店である「W-21」コンセプトストアに、何台もの3Dプリンターを備えています。このプロジェクトは現時点ではまだ実験的なものであり、1種類のスタイルの靴をベースにしていますが、2台のプリンターを使用すれば1時間ほどでカスタマイズされた左右のミッドソールを作成できます。

 お客様のデータを収集していれば、別の用途や異なるスタイルの靴で使えるように「調整」することもできます。我々が最も重視するのは、柔らかめか固めかといったユーザーの好みや、アクティビティの種類、基本的な矯正(機能回復)です。ゆくゆくは、お客様のデータがファイルに入ってさえいれば、店舗に電話したりオンラインで注文したりするのと同じくらい簡単に次の一足を手に入れられるようにしたいと考えています。そして最終的に見据えているのは、たとえばアウトドアでの使用などの他の分野でこのようなサービスを提供し、用具一式の重さや特定の性能要件をカバーできるようにすることです。

靴のルネサンス

他の多くの業界と同じように、靴の業界でもカスタマーエクスペリエンスは製品自体をはるかに超えて広がります。ECCOの場合は、実験的なQuant-Uカスタマイゼーション・サービスによって、ただでさえ素晴らしい靴が快適さと性能の両面でより履き心地の良い靴に変わります。

 Quant-Uはごく一部のお客様を対象にした単なる新しいエクスペリエンスではなく、全く新しいビジネスモデルになる可能性を秘めています。ECCOは今では、医療・整形外科分野や運動靴市場で他のビジネスを崩壊させたり、他のビジネスに対してサービスを提供したりする仕組みを手にしています。また、機械学習プロセスを介してECCOのデータを活用できるようにするデジタル領域においては、人の動きを広範に把握してより良い製品を作り出すことができます。

 これはインダストリー・ルネサンスの核心となるものです。知識やノウハウを活用して、以前は想像すらできなかったようなエクスペリエンスを実現し、その過程で全く新しい産業が復興あるいは創造されます。ECCOにはQuant-Uがあるため、単に見栄えが良いだけの靴ではなく、自分用にカスタマイズした快適さや性能、履く人を満足させるためになくてはならない「その人の強いこだわり」を実現する見栄えの良い靴といった全てを、手頃な価格で提供できるのです。

上海で最近行われた1回限りのデモの様子。参加者はQuant-Uのカスタムミッドソールを体験できました。(Image © ECCO)

プロフィール

パトリッツィオ・カルッチ氏は2014年からイノベーション・ラボ・ECCO(ILE)の代表を務めています。それ以前の11年間はインダストリアル・デザイン会社のオーナーとして、また4年間はアディダスのアドバンスト・プロダクツ部門のインダストリアル・デザインマネージャーとして活躍しました。自身のことを「不可能に思える課題に大きな魅力を感じる」と語ります。

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