米国イリノイ州に本社を置くディア・アンド・カンパニー社は、John Deereブランドの農業用トラクターに象徴されるさまざまな重機を展開するメーカーです。年間売上高2,600万ドルのほとんどを、農場や建設会社に販売・リースする昔ながらのやり方で稼ぎ出しています。
伝統的な手法で経営されてきた同社はそれでも、2013年にmyjohndeere.comというデジタル・プラットフォームを立ち上げ、農場経営者たちとの直接的な結びつきを構築しました。予備部品を提供するなど、当初はJohn Deereブランドの農業用機械の所有者がさまざまなサービスを利用できるようにするために立ち上げられたmyjohndeere.comは、同社にもう一つの潜在的な利益の宝庫、すなわちビッグデータを提供しています。
たとえばディア・アンド・カンパニー社は、インターネットに接続できるセンサーを自社のトラクターに搭載し、燃費などの農場経営者に役立つさまざまな情報を記録・送信できるようにしています。ディア・アンド・カンパニー社はフィールド・コネクトと呼ばれる監視装置も販売しています。この装置は土壌の水分や気温、風速、降水量に関するデータを収集します。センサーから送信されたデータはその後、農場経営者がプラットフォームで利用できるようになります。
「以前はこのようなデータは使えませんでした」と語るのは、米国ニューハンプシャー州のダートマス大学工学系大学院(Thayer School of Engineering)で教鞭を執るGeoffrey G. Parker博士です。ディア・アンド・カンパニー社のプラットフォームを調査したことのある同博士は、『プラットフォーム革命:ネットワーク化された市場は経済をどのように変え、どのように有効利用できるのか(Platform Revolution:How Networked Markets Are Transforming the Economy and How to Make Them Work for You)』の共著者でもあります。Parker博士は「トラクターのことを、データを収集する火星探査車だと思ってください」と説明します。
Parker博士によると、農業データの主な用途は、個人の農場経営者がそれぞれの農業の生産性を高められるようにすることです。ただし、農業関連企業はこうしたデータを使用して投資戦略を練ることができるため、農業データはそれ自体が貴重な商品なのです。Parker博士は次のように語ります。「ディア・アンド・カンパニー社が十分な数の農場を対象にしてデータを集計し、そのデータストリームを販売すれば、来年の農業生産高の見通しがどうなるのかが非常に良くわかるようになります。つまり、同社にとっては財務的なメリットが大きいのです」
“他の当事者と顧客データを共有できるというのは、プラットフォームがもたらすメリットの一部です。データを集めている企業は、そうしたデータが自分たちよりも他のパートナー企業にとってより価値があることにすぐに気が付きます”
Michael Biltz氏
アクセンチュア・テクノロジーラボマネージング・ディレクター
処理して分析する
上記のディア・アンド・カンパニー社の例が示しているように、しっかりしたビジネスモデルと数十年の歴史を持つ企業が、現在では自社の製品やサービスを展示するためのショールームとしてだけでなく、ユーザーに関する詳細なデータを収集する情報源としてプラットフォームを使用する可能性があります。モノのインターネット(IoT)を介して収集され、人工知能(AI)のアルゴリズムによって分析されるデータは、それ自体が貴重な、ビジネスの本質を見極める情報源になります。
米国カリフォルニア州のアクセンチュア・テクノロジーラボのマネージング・ディレクター、Michael Biltz氏は次のように語ります。「他の当事者と顧客データを共有できるというのは、プラットフォームがもたらすメリットの一部です。データを集めている企業は、そうしたデータが自分たちよりも他のパートナー企業にとってより価値があることにすぐに気が付きます」
Biltz氏が引き合いに出すのは、病気、過去に行われた検査、治療に使われた薬などに関する情報が記録された病院の電子カルテのデータを収集する医療関連企業の例です。
そうしたデータは病院にとっては潜在的に価値があるものですが、たとえば異なる薬の影響に関する調査を実施したり、臨床試験を実施したり、医療のトレンドを把握しようとしたりしている製薬会社にとっては、さらに価値があります。
Biltz氏は次のように語ります。「新しいサービスはどれも、より多くのデータを提供してくれるでしょう。そして多くのデータを持てば持つほど、実際に何が起こっているのかをより適切に把握できるようになり、全く新しいサービスを作り出すことが可能になるでしょう」
前出の『プラットフォーム革命』の共著者であり、シンガポールでプラットフォーム・コンサルティング業を営むSangeet Paul Choudary氏が引き合いに出すのはクライアントの大手銀行です。この銀行は、住宅購入者が家を購入する際に必要になるプロセスを支援するための不動産プラットフォームを立ち上げました。このプラットフォームでは、購入物件一覧と、物件の近くにある学校や近隣地区に関する情報を比較できます。この銀行では、ウェブサイトから集めたデータを使用して住宅ローンのターゲットを家を購入する夫婦に絞り込むことができました。
Choudary氏は、鉱業でもデジタル・プラットフォームが使われていると説明します。鉱山用車両に設置されたセンサーからのデータを特定の鉱山から採取された鉱物資源探査データと統合することで、そのデータを他の企業と共有できるようになります。「他社がまだ提供していない分野をカバーできる一連のデータを探し出すのが狙いです。これは、鉱業会社が多面的なプラットフォームを目指す一つの方法です」と語るChoudary氏が引き合いに出すのは、ユーザーや産出会社で構成される二つ以上のグループが集まって情報交換するプラットフォームです。
ビジネスチャンス
多くの企業が、データを収集して分析するプロセスを探し出し、より多くの収益を得られる可能性があります。その場合、データを収集する企業は一歩前に踏み出し、分析サービスを提供するかもしれません。
英国ギルフォードのサリー・ビジネス・スクールでサリー大学デジタル・エコノミー・センター共同ディレクターを務めるAnnabelle Gawer氏は次のように語ります。「プラットフォームでつながる能力を高め、データ分析能力を高めることで、いずれはこの二つの能力を融合させて価値を創出する適切なビジネスモデルを見つける企業が出てくるでしょう」
KPMGコンサルティングのイノベーション・エンタープライズ・ソリューション担当プリンシパルとしてアトランタやその近郊で活動するPeter Evans氏は、デジタル・プラットフォームは、データを分析するだけでなく分析したことを学習して分析結果を継続的に改善する非常に高度なアルゴリズム、つまりAIのメリットを享受するのに特に有利な位置に付けていると語ります。たとえば、中国の大手プラットフォーム企業はAI技術、特に「機械学習」テクノロジーに重点的に投資しています。
Evans氏は次のように語ります。「彼らのビジネスモデルは特に、データの収集や情報交換の促進を対象としています。機械学習には、プールされているビッグデータと、動作をより強化してデータを掘り下げ、本質を見極められる能力が求められます。私は、非常に多くのプラットフォームが、他の企業よりも素早く人工知能へと自然に引き寄せられると考えています」◆