成熟期を迎える マーケティング

データに裏付けられた戦略で、 マーケティングがビジネスのパワー・バランスを変える

Beth Snyder Bulik
29 April 2015

現代技術が、消費者の感覚に訴える、刺激的な新しい手法を生み出す中、マーケティング担当者は消費者の購買行動をよりうまく評価、予測し、働きかけられるようになりました。新たな成功はしかし、新たなプレッシャーも伴います。マーケティング・チャネルの増加と多様化が、対応スキルや予算といった負荷を引き上げる中、マーケティング担当者は社内外で急増する期待への対応に追われています。

何十年もの間、マーケティング専門家は見つけられる限りのデータを収集・つなぎ合わせ、消費者を「18-35歳の女性」「アウトドア好きの活発な男性」「サッカー・ファン」といった具合にタイプ分けしてきました。この手法により消費者をタイプごとに理解し、そのタイプのグループに受け入れられるメッセージを届けるのですが、この作業はずいぶん楽になりました。

デジタル、モバイル、ソーシャルといった技術により、消費者がどこで、どのように情報を集めるか、またブランドに何を期待するかが、大きく変化しました。マーケティングも同様で、消費者行動を追跡できるようになったことで、検討段階から、購買、ロイヤリティの構築に至るまで、購買プロセス全体が大きく変化しました。クリエイティブな開発や配信技術といった、テクノロジー主導でもたらされた進歩がビッグデータと組み合わせられることで、これまで主に直感と創造力の賜物であったマーケティング戦略が、技術重視、データ中心の科学へと変わろうとしています。

技術と科学をマーケティングの武器とするといっても、創造性や直感が消えてしまうわけではもちろんありません。新しいコミュニケーション・チャネルがほぼ毎日のように出現する混沌とした状況の中、創造力を活かし、ブランドを際立たせることは、かつてなく重要視されています。

「ブランドを奮い立たせる」ことをミッションに掲げる、イギリスのコンサルティング会社Contagious の北南米担当エディトリアル・ディレクターであるNick Parish氏は言います。「ウェブには何百万というニッチ・コミュニティ、個別コミュニティがあり、人々が何らかの形でつながっています。まさにデータの宝庫であり、また同時に独創的な素晴らしいアイデアが生まれる場所でもあります。データも重要ですが、その枠を超える、アイデアを生み出す能力を軽視することはできません」

創造力とデータの融合

創造力の必要性は変わらないとしても、その基礎をなす創造プロセスは変化しています。マーケティングはビッグデータから貴重な考察、方向性、対策を発掘できるようになり、楽しく自然なエクスペリエンスの提供に向け、戦略策定を方向づけるべく、データからの「気付き」を最先端技術と組み合わせることを始めています。

素晴らしいコンテンツを通じて顧客と関わる方法をトレーニングする、米国オハイオ州にあるContent Marketing Institute社の創設者Joe Pulizzi氏は言います。「今日、購買プロセスは完全に消費者の手中にあります。消費者はスマートフォンという情報端末を常に携帯し、我々の意思を完全に無視できるようになりました。注意喚起するには、お客様に呼ばれることのない99%の時間に目を向ける必要があります。どうすれば良いか、ですか?製品やサービスとは別に、お客様に向けた有用なエクスペリエンスを発信するのです」

「マーケティングでのチャンスと課題を聞かれると、答えは同じ『顧客データ』です。」

Marc de Swaan Arons氏
Millward Brown Vermeer社CMO

顧客に関わり、情報を提供し、喜んでもらうことで、こうした「エクスペリエンス」は顧客の気を惹きます。ありふれたマーケティングは通用しません。米国マサチューセッツ州のフォレスター・リサーチ社の調査では、デジタル広告を信用していない消費者は49%、電子メール広告を信用していない消費者は38%、ブランド広告を信用していない消費者は36%でした。メディアや配信メカニズムに関係なく顧客は「役に立つ情報のやりとりを求めている」とフォレスター社は結論づけています。

データを活用した取り組みはより大きなリターンが見込めます。ニューヨークの経営コンサルティング会社、マッキンゼー社によると、ビッグデータおよびその分析を有効活用している企業はそうでない企業に比べ、収益性や生産性が6ポイントも高いことが確認されています。マッキンゼー社はまた、過去5年以上250のマーケティングの取り組みを研究した結果、「マーケティングと営業判断の中心にデータを据えた」企業のマーケティング・リターンが15-20%改善したと分析します。

世界中の企業の一次資料による調査を行うフォーブス・インサイツ社の最近の調査では、データ重視のマーケティングを展開するリーダー企業はそうでない企業に比べ、収益性を上げる確率が6倍高く、顧客維持率が向上する確率は5倍高いことが確認されています。

BtoB(法人向け)ビジネス特有の課題

デジタル革命の影響を受け、対策を講じなければいけないのはBtoC(消費者向け)ビジネスだけはありません。BtoBビジネスもまた同様の技術的課題、顧客に関連する課題を抱えています。受注までの時間が長く、関係者も多い上、デジタルな接触ポイントも多数あるBtoBビジネスではカスタマイズ対応と対象の絞り込みが大変重要です。

コンテンツ・エクスペリエンスとデジタル・データをうまく組み合わせているBtoB 企業としてPulizzi氏が挙げたのが、ボストンに拠点を置くベンチャー企業、OpenView Venture Partnersです。OpenViewは質の高い情報を起業家向けに無料で配信しています。 これにより同社は3万社以上の企業の登録リストを作成し、今後の投資対象の特定や絞り込みに活用しています。

670億米ドル

フォレスター社によると、誕生後10年ほどしかたっていないデジタルマーケティングの業界規模は既に670億米ドルに到達。

世界で最も歴史のあるビジネス・スクールESCP Europeでマーケティングの準教授を務めるMarie Taillard氏は、GEアビエーションを「一つの技術がエコシステム全体の力を引き出した」例として挙げます。同社ではソフトウェアを使用して顧客、営業、マーケティングがリアルタイムに連絡をとりあい、協業をすすめています。法人向けビジネスにおけるオープンなマーケティング・コラボレーションの意義は大きいとTaillard氏は言います。「変えるのは技術でも、それが同時に大きな文化、組織変革をもたらすからです」

苦悩するCMO

現在起きている文化、組織変革に大きく揺れ動いているのがChief Marketing Officer(マーケティング最高責任者)で、その責任、役割、役職までもがデジタルの潮流による影響を受けています。例えば、最近のハーバード・ビジネス・レビュー の記事では、進化するCレベルの一環として、戦略、創造性、技術を混合する「マーケティング技術責任者」の必要性が指摘されています。

マーケティング責任者と技術責任者の役割を兼任する、CMTOといった役職を設ける会社はまだほんの一握りですが、この二つの組織、責任者同士の緊密な連携の必要性をほとんどの企業は認識しています。米国コネチカット州に拠点を置く、調査会社、ガートナー社がまとめた「2015 CMO study(2015年CMO調査)」では、大企業の81%が最高技術責任者という役職を設けており、その多くがマーケティング責任者を上長に持つ事が確認されています。役割の変化に伴い、予算も変化しています。ガートナー社は2017年までにCMOは最高情報責任者より多くの技術予算を持つようになると予測しています。

マーケティング・コンサルタント、著者であり、デジタル戦略コンサルティング会社Influential Marketing Groupの創業者Rohit Bhargava氏は言います。「マーケティングの役割は広がり、顧客サービスや技術といった、かつてはマーケティングの外にあった領域も担うようになってきています。境界線がぼやけているのは、チャネルが揺らいでいるためです」

世界的なマーケティングコンサルティング企業であるMillward Brown Vermeer社でCMOを務めるMarc de Swaan Arons氏は、同社の報告書Marketing 2020 の共著者でもあります。デジタルな変革の時代、CMOの役割、マーケティング部門全体の再編が必要であるとArons氏は言います。

「マーケティングの中身は見分けもつかないほど変化しているのに、組織体系は50年前と比べて不気味なほど変わっていません。マーケティングは社内のマーケティング担当者に任せきりにしておくにはあまりにも重要になりすぎました。他の部門はこぞって『次にどうすればいいか教えてほしい。』と、マーケティングに助けを求めてきます」

世界中の広告協会による共同研究では、以前は他の経営陣から売上げ責任がほとんどない上に予算だけ消費する役職と思われていたCMOが、過去10年で他のCレベルと肩を並べる重要な役職であるという認識が広がっていることがわかりました。

しかし、マーケティング責任者はそのキャリアにおいて最も大きな難題にとりくんでいます。マーケティング・チャネルが劇的に増える中、マーケティングの予算は縮小しています。データを利用して、マーケティング活動に科学的な手法をとりいれることができるようになった反面、新たな、しかも見つけるのが困難なマーケティング・スキルの必要性が増加しています。また、測定可能な結果を出すプレッシャーにもさらされています。

出典; Forrester/Business Marketing Association 全世界オンラインマーケティング調査 2013年5月実施

新しい時代の新技術

マーケティング担当者が使用できるツールやテクニックは日々増え続け、また進化しています。すべてを掲載するのは不可能ですが、主なトレンドとして以下が挙げられます。:

モバイル:活動的な人々に働きかけるベストな方策を企業が模索している中、携帯電話、特にスマートフォンの普及はマーケティングを変えるでしょう。最適化、対象を絞りこんだコンテクストテマーケティング、モバイル決済、追跡と測定、さらにウェアラブル機器の登場が2015年のトップ・トレンドです。

ソーシャル・メディア:ガートナー社の最新のCMO調査では、今後5年でソーシャル・メディアへの支出が125%以上増加し、ソーシャル・マーケティングがマーケティング予算に占める割合は現在の10%から2020年には22%以上になると予測されています。顧客との直接の関係構築にブランドは活気づいていますが、こうした関係は一方、リスク増加も招きます。

2017年

ガートナー社は、2017年までにCMOはCIOより多くの技術予算を持つようになると予測。

「ちょっとしたことで顧客の信頼を失うリスクがあります。」マサチューセッツ工科大学デジタル・ビジネス・センターのGlen Urbanマーケティング名誉教授は言います。教授はしかし、顧客が自分のブランド・ストーリーと体験を関連づけて考える、ソーシャル・メディアが提示するストーリー性がマーケティングの最も強力なツールであると考えています。そこではビジュアル的な要素が大きな役割を担い、Instagram、Vine、Snapchatといったアプリケーションを使って、顧客はブランドをいれた素敵なストーリーを作成します。

分析および予測技術:データ分析は速い勢いで進化しており、現在の行動分析の枠組みを超え、顧客ニーズ、要求の予測へとその適用範囲を拡大しています。データ分析は、車両や時計、テレビ、冷蔵庫、ホーム・マネージメント・システムといったスマート機器から膨大な量のデータがオンライン上に流れることで、改善の一途をたどるでしょう。しかし、データ量が多いほど、期待値も大きくなります。

Arons氏は言います。「ミレニアム世代は全てをさらけだし、それが活用されることを期待します。そうでなければ逆に、気を悪くするでしょう。顧客の期待が大きく変化しているのです」

分析結果を利用して、行動をおこせる「気付き」を得られるかどうかは、関連する顧客の行動データの特定にかかっています。テレビドラマ「ハウス・オブ・カード 野望の階段」 オリジナル・プログラムの制作にあたり、DVDレンタル、映画ストリーミング配信事業会社であるネットフリックス社は、3,000万の登録者データから、デヴィッド・フィンチャー監督、ケビン・スペイシー、政治という3つの人気要素を厳選し、その「気付き」から視聴者が喜ぶコンテンツを制作、大ヒットをうみだしました。thewire.com. によると「ハウス・オブ・カード 野望の階段」は数々の賞を受賞し、300万の新規登録者を獲得しています。

拡張現実(AR)と3D: グーグルグラス とARヘッドセット『オキュラス・リフト』が登場した際、マーケティング担当者は3D技術が製品の設計、表示、製造、販売方法を変える可能性について、大いに議論しました。ARはまた、デジタル情報を現実世界に重ね合わせることができます。小売業はバーチャル・ドレッシング・ルーム (コンバース社、 Tobi.com)やリアルタイム・メ―キャップ・シミュレーターであるミライ・ミラー(資生堂)といった試みを既に実施しています。

「データも重要ですが、その枠を超える、アイデアを生み出す能力を軽視することはできません」

Nick Parish氏
Contagious社 エディトリアル・ディレクター

ファッションデザイナーでありニューヨークファッション工科大学の教授でもあるHolly Henderson氏は、15年以上前からデザインにコンピューター支援設計(CAD)を使用しています。デザインの3Dモデリングや3Dプリンティングによって、服のデザインから制作までビジネスが広がったと教授は言います。他方、ソーシャル・メディアを通じ顧客と直接かかわることで、デザインのクラウドソーシングや一点ものの制作も可能になりました。

Henderson教授は言います。「デザインの世界では未だにこうした技術の使用を苦々しく思っている人々がいます。機械に職を奪われるとでも思っているのでしょうか。しかしクリエイティブな素地は欠かせません。デッサンやデザインのセンスは依然として必要なのです」

技術の透明性:デジタルが一般化する中、テクノロジーの使用はよりシンプルになり、その存在すら感じなくなるでしょう。ディズニーのテーマパークでは、来場者はエクスペリエンスをカスタマイズするスマート・リストバンドを購入できます。リストバンドを身に着けると、パーソナル化により、キャラクターたちが下の名前で来場者に親しげにあいさつしてきます。

コンテンツ・マーケティング:声高にブランドを連呼するだけのコンテンツよりも、企業は信頼やロイヤルティを構築するための、的を射た無償コンテンツの制作に力をいれています。子供を持つ親向けにP&Gが展開するパンパース・ビレッジウェブサイトや、中小企業向けの情報やコミュニティを集めたアメリカン・エキスプレスのオープン・フォーラムがコンテンツ・マーケティングの一例です。法人向けビジネスは特に顕著で、Content Marketing Institute社 によると90%以上の法人向けビジネスがコンテンツ・マーケティングを活用しています。

マーケティングの自動化: アド・スペース・バイイング技術、またはプログラマティック広告ともよばれています。データや有効性モデルを使用して広告をどこに掲載するかを計算、調整し、購入までも自動化します。ニューヨークに拠点を置くマーケティング調査会社のeMarketer社は、2016年までにプログラマティック広告が屋外デジタル広告支出の63%、200億米ドルに達すると予測しています。

ディズニーのテーマパークではスマート・リストバンドで来場者のパーソナルなエクスペリエンスを演出。ディズニーのキャラクターたちが来場者を下の名前で呼びかけ、あいさつしてくれる。(Image: © Walt Disney Company)

変革の10年

マーケティングほどテクノロジーにより劇的に変化した領域はほとんどありません。20年前、オンライン広告はかろうじて存在している程度にすぎませんでした。10年前、フェイスブックやリンクトイン はスタートしたばかりでした。アップル社の iPhoneが最初に登場してから8年もたちません。iPadが登場したのは5年前です。しかしフォレスター社によると、デジタルマーケティングの規模は既に670億米ドルに達しています。

変化が避けられない中、データと顧客重視戦略のバランスをとることが成功への重要な素地となると考えている点において、マーケティング業界関係者の意見は一致します。

200億ドル

eMarketer社は2016年までにプログラマティック広告がデジタル表示、支出の63%、200億米ドルに達すると予測

「マーケティングでのチャンスと課題を聞かれると、答えは同じ、『顧客データ』です」と Arons氏は言います。「顧客データをどのように収集し、そこから何を実施するかは、マーケティング担当者にとって大変大きな課題であると同時に大きなチャンスでもあります」

Bhargava氏はマーケティングの成功を顧客の反応で測るよう勧めます。デジタル・エクスペリエンスも結局は顧客エクスペリエンスなのです。Bhargava氏は言います。「顧客満足度調査は過大評価されています。顧客が欲しかったものを手に入れ、それ以上は何も要らない、という状態が満足なのです。必要なのは顧客満足ではなく、顧客を喜ばせることです」

Hear VISA’s Shiv Singh on marketing transformation:
https://www.youtube.com/watch?v=2VNrstAnsE4

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