気の遠くなるような複雑さ

IoTの課題に取り組むために必要不可欠なシステム・エンジニアリング

Tony Velocci
27 October 2015

システム・エンジニアリングは、多くの相反するサブシステム間のバランスを取りながら最大限のパフォーマンスが発揮できるよう開発されました。このスキルは、安全で信頼できる「モノのインターネット(IoT)」のエンジニアリングに必要不可欠なものとなるでしょう。しかし、エキスパートの間では、公的機関や民間企業が果たしてこの課題に対応できるか、不安視する声が上がっています。

デバイスやユーザーは数百万におよび、コンピュータのコード行数は兆単位に達しています。そんな中、『その規模や進化の速度、さまざまな関係者との関わりにより、従来から行われてきたようなトップダウンの指示や管理ができない一方、使用に際して高度な信頼性や安全性、セキュリティ、サービスの質が求められるシステム』を開発するため、数千におよぶメーカーが独自の目標や優先順位を掲げ、それぞれが別の動きを展開しています。

過去最大規模のシステム、すなわち「IoT」のことをこのように説明するのは、超大規模システム(ULSS)の専門家であり、国際システム・エンジニアリング協議会(INCOSE:International Council on Systems Engineering)のフェローでもあるHillary Sillitto氏です。

「現在のエンジニアリングは科学を置き去りにしています。私たちは特徴付けることも、分析する方法もわからない、さらにはその挙動を完全に予測することもできないシステムを構築しているのです」

「私たちは特徴付けることも、分析する方法もわからない、さらにはその挙動を完全に予測することもできないシステムを構築しているのです」

Hillary Sillitto氏
国際システム・エンジニアリング協議会(INCOSE:International Council on Systems Engineering)フェロー

こうした現状を背景にして、システム・エンジニアのグローバルなコミュニティ、すなわち数百あるいは数千というサブシステムで構成される大規模システムの構築につきものの「二律背反」を見極め、対応することを目的とした専門家の集団が、積極的に答えを探し求めています。複雑なシステムの設計方法を劇的に変えるように企業に働きかけたり、システム・エンジニアリング(SE)に特有の課題に対応する、コンピュータ支援設計(CAD)ツールやコンピュータ支援エンジニアリング(CAE)ツールを整備したりすることに注力しています。

SE:相いれないサブシステムの管理

「システム・エンジニアリングは科学であると同時に芸術でもあるのです」と語るのは、米国に拠点を置いてグローバル・セキュリティと航空宇宙分野に携わるロッキード・マーティン社の前会長兼CEOで、米国大統領科学技術諮問委員会のメンバーを務めたこともあるNorman R. Augustine氏です。「システム・エンジニアリングの本質は、複雑なプロジェクトに携わるほとんどの人がレンガの作り方は知っていても、プロジェクトを成功させるためには大聖堂の建築方法を知っている人が必要なのだということに尽きます」

Augustine氏のような専門家は、現在のシステム・エンジニアリングの状況に落第点をつけます。理由の一つは、強力にシステム・エンジニアリングを推進することが、企業の成功を後押しするにも関わらず、企業や政府のリーダーたちのシステム・エンジニアリングに対する決意、取り組みが欠如しているという、大きな乖離です。

「認識の差は非常に大きく、大きな投資も必要です」と語るのは、パリのシステム設計・経営・経済・戦略研究教育拠点(CESAMES)総長であり、理工科学校(エコール・ポリテクニーク)でコンピュータ・サイエンスを教えるDaniel Krob教授です。

米航空宇宙局(NASA)長官であり、宇宙飛行士としても活躍したCharlie Bolden氏も同じ意見です。「しっかりとしたシステム・エンジニアリングの手法を備えていると思っていた大企業も、実はそうでもなかったり組織が硬直していたりで結果的にビジネスの機会を失い、時間や費用を無駄に使い、スケジュールを遅延させています」

経営陣の課題

デロイト・コンサルティング社プリンシパルのBrian Meeker氏によると、この課題は公的部門と民間部門全体に共通するものです。「最も成功している企業は、システム・エンジニアリングが企業文化に深く根付いているため、その重要性を理解しています。しかしこれは普通ではなく、特別な状態と言えるでしょう。ほとんどの企業は、システム・エンジニアリングの原則に対応できるように自社のビジネス・モデルやプロセスを進化させていません。優秀なのはほんの一握りにすぎないのです」

システム・エンジニアリング・ツールもぱっとしません。Miller氏は「不透明な将来を見据えてシステムを設計するための新しいツールがたくさん登場していますが、幅広い支持を得ているわけではありません」と語ります。こうしたツールには、コンピュータ支援による変更伝達機能を備えたものもあります。これは、システムの変更によって関連する要素をどの程度変更する必要があるのかを特定し、当初の変更内容を実装でいていきます。

Miller氏は次のように問いかけます。「システムの多くは、長期間は通用しないことを前提に開発がすすめられています。それでは、長期間有効なシステムを設計するにはどうすれば良いのでしょうか」
その答えは、モデルベースのシステム・エンジニアリング(MBSE)であるとMiller氏は考えます。これは、変化のない一連の文書の代わりに、実在のモデルの中でデザインを(却下されたデザインと却下の理由も合わせて)捉える手法です。MBSEを使うと、学んだ教訓を検索可能な方法で切れ目なく持続させることができ、他の人が以前に同様の問題をどのように解決したのかを見極めることができます。

Miller氏は「各専門分野のエキスパートたちが、リアルタイム、コンピューター支援による会話を同一の場所にいるかのように展開し、複雑なカスタム製品(を年単位ではなく週単位で設計できる時代もそれほど遠くはないでしょう」と語ります。「高性能な計算能力を備えた最新の計算ツールと、高性能で寿命の長い、カスタム設計されたシステムの必要性が収束していくことを前提とすれば、MBSEはシステム・エンジニアリング・プロセスにおける現場作業の労力をなくし、それが原因となってエラーが発生する可能性も排除する契機となるでしょう。

困難ではあるが有望

IoTの時代には、「複数のシステムで構成されるシステム」は数えきれないほどの形態を取り、公的部門や民間部門の組織が業界を問わずどのように価値を生み出すのか、そして世界が最も頭を痛めている経済的・社会的課題への対応を一新することになるでしょう。ただしこれは、システム・エンジニアリングの手法の重要性を理解している人たちがそうしたシステムを開発した場合にのみ言えることです。

Krob教授は「システム・エンジニアリングは私たちが問題を解決できる可能性を大きく広げてくれますので、これからがとても楽しみです」と語ります。

本レポートの執筆にはLaura Wilberも協力しました。

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