ドイツの家電メーカーミーレ社で技術部門のディレクターを務めるEduard Sailer氏は、妻と娘たちに食事の支度をほとんど任せきりにしていますが、夕食の出来上がるちょうどいい時間にオフィスを出る時間を確かめたい時には、スマートフォンのモバイルアプリミーレ@mobileを使って、オーブンの状態をチェックすることができます。
Sailer氏の自宅にあるコネクテッド家電はオーブンだけではありません。所有するミーレ社製家電はすべて通信ができ、家電間の相互通信も可能です。コンロは、電源が入るとレンジフードの照明を点灯させる信号を送信します。使用中のバーナーの数や設定温度に応じて、換気扇の速度を調整する信号も送信します。この他にも、洗濯機が乾燥機に脱水回転速度の情報を伝えることができ、乾燥機は洗濯機にかかった負荷に基づいて必要な乾燥時間を計算できます。
同氏は次のように述べています。「2020年のスマートキッチンでは、家電製品は自宅内だけでなく外部とも相互接続されて、消費者にさらなる快適性とより自然なライフスタイルを提供するエコシステムと一体化されるでしょう」
同氏が描く未来像は、「モノのインターネット(IoT)」がもたらす最終段階です。すべてのデバイスが、接続されるだけでなく周囲を認識し、その内容に基づいた動作をすることで、以前は不可能だったサービスを提供できる世界です。結果として、消費者が所有する機器が、些細なことでも大切な日常生活の一つ一つを認識して、処理を行う「エクスペリエンスのインターネット」です。
ミーレ社が大学や他の企業と協力して実施しているKogniHomeプロジェクトでは、調理作業を支援するシステムを用いて、インテリジェントなアプリケーションがいかに年配の人々が楽に日常生活を送るために役立つのか調査しています。たとえばモバイルアプリは、家を出る前にコンロの電源がオフになっていることを再確認するのに役立てることができます。キッチン用家電でも、経験豊富なシェフよりも不慣れなユーザーに対して、より多くのヘルプが提供されることになるでしょう。
インターネット接続型家電のパイオニア
ミーレ社はIoTが登場するはるか前に、電源に異常が発生したり、冷蔵庫の扉が開いたままになっていたりしたときに警告音を発する機能を搭載した冷蔵庫を、既に開発していました。「今日における大きな違いは、インターネットによって価値創出チェーンを拡張するための技術的な枠組みが作り出されたことです」とSailer氏は述べています。IoTがエクスペリエンスのインターネットへと進化するにつれて、今日では想像すらできない消費者エクスペリエンスが実現するだろうと同氏は予測しています。
価値創出チェーンを拡張することは、特にブランドに対する消費者のロイヤリティを強化することを意味するとSailer氏はります。ミーレ社は今まで、主に信頼性の高い長持ちする製品を作ることでこれを達成していましたが、スマート家電のネットワーク接続によって新しいビジネスモデルの実現が可能になります。たとえば、消費者が洗濯機と乾燥機を購入する代わりに、一定の利用回数の料金を毎月支払い、ミーレ社は機械と消費財を併せて提供するというビジネスモデルです。
「2020年のスマートキッチンでは、家電製品は自宅内だけでなく外部とも相互接続されて、消費者にさらなる快適性とより自然なライフスタイルを提供するエコシステムと一体化されるでしょう」
EDUARD SAILER氏
ミーレ社技術担当ディレクター
こうしたシナリオは、直ぐにまったく新しいサービスの提供につながります。Sailer氏は例を挙げて、次のように語っています。「あなたがいつも新品のように見える白いシャツを普段から着ているのなら、40~50回の洗濯サイクルの後に新品に交換することが可能です。結局のところ、問題はお客様がそのサービスを望んでいるかどうかです。企業にできることは、試して結果を見ることだけです。IoTでは、多くのことを検証しなければならず、すべてがヒットするわけではないのです」
ネットワーク化された世界に向けた設計
市場ではネットワーク化された家電製品が400種類近くに達するなか、ミーレ社は既にそのセクターにおいて、最も幅広く、多様な製品を取り扱っています。「数年のうちに、新しい大型家電のすべてがインターネット接続機能を搭載するようになるでしょう」とSailer氏は述べています。
ミーレ社の顧客がこうしたスマートキッチンの新しい時代を迎える準備ができているのかという問いに対して、Sailer氏は「そう信じています。なぜなら、我々はミーレ社製家電をもっと簡単に快適に使用して頂くために、多くの労力を投じてきたからです。それには、スマートフォンで見慣れている直観的なユーザーインターフェースのコンセプトが含まれます」と述べています。
高齢の顧客がコネクテッド家電を使用するのは難しいのではないかという議論に対して、「専門家としての経験から、私と同世代の60歳の人でさえ、インターネットやモバイル・コミュニケーションに非常に慣れ親しんでおり、テクノロジーにかなり強い親近感を持っています」と同氏は異を唱えています。
ミーレ社と同様にネットワーク化された製品の開発において先進する企業にとっても、伝統的な製品管理をはるかに越えて新たなマーケティング・コンセプトとビジネスアイデアに影響を与える「ネットワーク思考」が課題となります。「もっと幅広くお客様の期待をカバーするために努力する必要があります」とSailer氏は述べています。
34.9億ユーロ
世界全体で17,741人に上るミーレ社の従業員は34.9億ユーロの年間売上を生み出し、収入の約70%をドイツ国外から得ています。
コネクテッド製品には、数多くの独立したシステムが組み込まれています。すべてのシステムが製品全体のパフォーマンスに影響するため、各システムが協調して機能するよう設計されている必要があります。こうした複雑な「システムのシステム」がIoTという超大規模システムの一部になるため、課題は大きくなるばかりです。
ミーレ社では、複数領域にまたがるチームが、拡張された価値創出チェーンに家電製品を統合するという課題について取り組んでいます。この種の考え方は、今のところ、システム・エンジニアリング・ツールや手法ではサポートされていないとSailer氏は指摘しています。しかし、同氏はパートナーと協力して研究とソフトウェアの分野に取り組みを可能にするための必要なツールを開発しています。
利用データの倫理的取り扱い
現在ミーレ社が販売している家庭用電気製品は既に、使用回数、実行プログラム、選択温度など、ユーザーと使用状況に関する情報を大量に記録しています。
この情報は家電製品内に保存され、機器の修理が必要になった場合にのみ抽出されます。しかし、インターネットへ接続されると、顧客の行動を割りだすためにこうしたデータを収集、使用できるということを意味します。ミーレ社では、同社が自社に課している非常に厳しい条件のもとでのみ、こうした処理が行われるとSailer氏は述べています。「データはお客様の資産であり、お客様の同意がない限り、我々がデータにアクセスできないことをご理解頂くことが重要だと考えています」
責任あるIoT利用を実現するには、業務上の規約を確立する必要があるというのがSailer氏の見解です。この規約では、顧客について企業が収集するデータは一切他者に販売されてはならないと規定すべきだと同氏は述べています。たとえば、同社製の冷蔵庫から得たデータの場合、Meile社には、さまざまな食品アイテムの使用パターンに関する貴重な情報が蓄積されます。「しかし、そうした情報の第三者への譲渡は、お客様に関するデータの直接利用については、お客様が権利を有するべきだという当社の原則に反することになります」とSailer氏は強く主張しています。
インターネットへの接続が普及するにつれて、ミーレ社はスマート化された世帯にハッカーが悪意を持って侵入できないようにする方法についても検討する必要があります。Sailer氏は、セキュリティが重要なテーマであると認めていますが、脅威は食い止められると考えています。「たとえば、当社の自動式洗濯機は、従来からの電気機械式フロートとリレーを利用する水回路保護システムを備えています。ハッカーが電子的に侵入を試みた場合には、いつでもこのシステムによって水が止められます」
競合他社製品との通信
ミーレ社の競合企業には、自社のスマート家電製品が自社の他の製品とだけ通信できるように設計している企業があります。消費者を「わがものにする」ことを試みるそうした企業とは異なり、ミーレ社は、同社の家電製品は他のメーカーが製造したインターネット接続型家電と通信できなければならないと確信しています。
「当社が目指すものは、オープンなエコシステムです。市場で成功するには、それ以外あり得ないからです。我々メーカーが、最終的な注文リストに自社製品しか含まれていないという状況をどれだけ望んでも、お客様は家電製品を買いたいだけで、システム全体に関する決定を下すわけではないのです」(Sailer氏)
「オープンであること」は、別の理由からも欠くことができません。消費者の生活をシンプルなものにするリッチなエクスペリエンスを生み出すには、家電製品が、ミーレ社が製造していないホーム・オートメーション・システムとも通信する必要があります。たとえば、洗濯機を屋根の太陽光発電設備につなぐことが出来ます。1回の洗濯に電気を供給するのに十分な太陽が出ているときに、洗濯が自動的に始まるようにすることが可能です。
「間違った判断に基づいて、クローズ・システムにするべきではありません。「エクスペリエンスのインターネット」は、すべての企業が参加した時にのみ生み出されるのです」とSailer氏は語っています。