2013年ノーベル賞

化学に飛躍的進歩をもたらす デジタル モデリングとシミュレーション

Eric Glover
8 June 2014

2013年ノーベル化学賞の選考委員会は、化学研究におけるデジタル モデリング技術の貢献を認め、ノーベル化学賞を同分野のパイオニアである3人の科学者に贈りました。受賞者のマーティン・カープラス、マイケル・レビット、アリー・ウォーシェルの3博士に、その開発を振り返っていただきました。

「昔の化学者は、プラスチックの球と棒を使用して分子モデルを作成していました。今日では、モデルの作成はコンピュータで行われます。現代の化学にとって、コンピュータ シミュレーションは不可欠なものとなっています。」2013年ノーベル化学賞の選考委員会はこう評し、分子のモデリングとシミュレーションという科学に対するマーティン・カープラス博士、マイケル・レビット博士、アリー・ウォーシェル博士の貢献を称えました。

3人が40年以上前に考案したこの手法は二つのレベルの分析法が組み合わせられています。「古典的な」ニュートン力学に基づく最初の分析法は、大きな分子の全体像を把握する助けになります。量子物理学に基づく2番目の分析法は、原子の振る舞いのシミュレーションによって化学反応を予測することを意図しています。古典物理学が、静止した分子を表すのに用いられるのに対して、分子間の相互作用を理解するには量子物理学のアプローチが必須となります。

しかし、量子物理学的な反応に関与する原子の粒子すべてを再現するために必要な計算時間は、最新のコンピュータをもってしても非現実的なレベルです。3氏が考案した複合型 の 手 法で は、一 部 の 粒 子 の みをデジタル シミュレーションの対象とすることで、この課題を克服しました。その結果、ノーベル賞選考委員会が言う「極めて現実に即しているので従来の方法による実験結果を予測する」シミュレーションが実現されています。

「生物学的機能を分子レベルで真に理解する有効なアプローチは、シミュレーションだけです。」

ARIEH WARSHEL
アリー・ウォーシェル氏2013年ノーベル化学賞受賞者

ウォーシェル氏は次のように述べています。「コンピュータによるシミュレーションでは、タンパク質の構造そのものを観察できます。たとえば、食物の消化過程に特定の酵素がどのように作用するかを理解できるのです。これは、将来新しい薬を開発する際の貴重な情報になります。」

3人の発見

ノーベル賞につながった取り組みは、米国ボストンにほど近いハーバード大学のカープラス研究室にウォーシェル博士が合流した1970年代に始まりました。カープラス氏は当時すでに、量子的アプローチに基づくコンピュータ シミュレーション プログラムを開発していました。一方ウォーシェル博士は、分子内および分子間ポテンシャル(化学反応の間に吸収または放出され得るエネルギー)の分野における専門家として認められていました。ウォーシェル博士は、イスラエルのワイツマン科学研究所に勤務していたとき、レビット博士と協力して、古典物理学に基づく高性能モデルの設計に取り組んでいました。

1972年には、カープラス博士とウォーシェル博士が、古典物理学と量子物理学を組み合わせることに成功した最初のコンピュータ モデルを発表しました。その1年後、レビット氏が酵素反応のモデリング研究で2人に合流し、1976年、3博士の複合型手法が世界中で広く使われるようになっていました。

これらの先駆的取り組みは、長年にわたる多くの改善によって拡充されてきました。特に、コンピュータの性能は世代が新しくなるたびに右肩上がりに向上し、それに貢献しました。レビット博士は次のように述べています。「今ではシミュレーションのコストがはるかに低くなっており、ずっと強力かつ複雑なシステムで実施されていますが、基本となるモデルは1970年 代 に開 発され たものと変わりません。」

3博士のチームが開発した手法では、単一分子を構成する原子を、挙動に応じてグループ化します。そうすることで、分子の中の、化学反応に関与する部分についてのみ量子化学計算を実行できます。この方法によって時間の節約と精度の向上が図られており、特に医薬品の研究に適した手法となっています。

従来、医薬品の開発コストはかかり、非効率的で手当たり次第の実験に頼っていました。特定分子の3Dモデルを構築し、生物学的作用を可能にする仕組みや抑制する仕組みのデジタル シミュレーションを行うことで、医薬品メーカーは的を絞った研究をすることができます。レビット氏は次のように述べています。「私が最も誇らしく思うのは、この手法が抗体モデル全般の設計に貢献してきたという事実です。この研究は1980年代に始まり、現在最も抗がん作用が強い分子の多くはこの研究を通じて作成されたのです。」

新たな課題

デジタル モデリングとシミュレーションは今も変革の力を失っていません。「現在、生物学的機能を分子レベルで理解する有効なアプローチは、シミュレーション以外はないと確信しています」とウォーシェル氏は述べています。

新たなノーベル賞受賞者たちが見るところ、この分野の将来はコンピュータの力にかかっています。3博士はまた、量子モデルを改良し、複合手法を開発することの必要性を強調しています。「化学者は、それぞれの方法で、さまざまな規模レベルでシミュレーションを利用できることを理解すべきです。」と同博士は付け加えます。

レビット博士もこの意見に賛成です。「既存の手法を最適化し、新しいアプローチを生み出すという課題において、新しい世代の研究者たちの頭脳を結集する必要があります。」◆

国際的な背景を持つ受賞者たち

マーティン・カープラス博士は1930年にオーストリアで生まれ、幼少期に米国に移住しました。同博士はオーストリアと米国の二重国籍を持っています。アリー・ウォーシェル博士は1940年にイギリス委任統治領のイスラエル地域で生まれました。同博士は米国とイスラエルの二重国籍を持っています。マイケル・レビット博士はイギリス統治下の南アフリカで生まれました。同博士は米国、イスラエル、イギリスの3ヵ国のパスポートを保有しています。3博士はすべて米国を主な拠点としていますが、カープラス博士はフランスのストラスブール大学でも教鞭をとっています。

スキャンすると、マーティン・カープラス博士がノーベル賞受賞について語る動画を視聴できます http://www.youtube.com/watch?v=Cq60JJ-vp2E&feature=youtu.be

Related resources

Subscribe

Register here to receive a monthly update on our newest content.