「名前は、当人にとって、もっとも快い、もっともたいせつなひびきを持つことばであることを忘れない」と、アメリカの自己啓発専門家、Dale Carnegie氏はその著書『人を動かす』の中で述べています。まず相手のことは名前で呼び、相手に重要感を持たせることだ、と同氏は提言していました。
企業ではテクノロジーを活用し、マーケティングコンテンツ、サービス、製品、エクスペリエンスを各顧客の好みに合わせてパーソナライズするようになり、カーネギー氏のアドバイスがますます適切なものとなってきました。これは実際、業績にもつながっています。Econsultancy社の2017年のレポート「Conversion Rate Optimization」では、93%の企業において、マーケティングをパーソナライズした結果、成約率の向上が見られたということです。それにしてもなぜ、パーソナライゼーションはそれほどまでに効果的なのでしょうか。
「その理由はシンプルです」と話すのは、アクセンチュア インタラクティブ社(テキサス州オースティン)で、パーソナライゼーション関連のグローバルリードを務めるJeriad Zoghby氏です。「お客様が特別感を味わいたいからです。ですから、自身の存在を認めて覚えてくれ、エクスペリエンスを愉快なものにしてくれる企業が評価されるのです」
「パーソナライズされた製品やエクスペリエンスは、この均質化された世界の中で自分が特別な存在であると感じさせてくれます」と述べるのは、テキサスクリスチャン大学(テキサス州フォートワース)でコミュニケーションを教えるLaura Bright准教授です。「今やブランドには顧客に関する情報が豊富に蓄積されているため、顧客がまさに欲しいものを、欲しいと思ったとき、すぐに提供できるようになっています。消費者にとっても、その方が便利で時間も効率的なので、好ましいのです。このようにカスタマイゼーションや必要なものへ瞬時にアクセスできることでまた、消費者はまるで自分が主導権を握っているような感覚も持てます」
気楽な生活
現在では、パーソナライゼーションは自尊心を満足させるだけにとどまらず、時間を大事にするようにもなってきています。
「パーソナライズされた製品やエクスペリエンスは、この均質化された世界の中で自分が特別な存在であると感じさせてくれます」
Laura Bright准教授
テキサスクリスチャン大学コミュニケーション学
昨今のマーケットプレイスには似たような製品があふれ、わずかしかない違いをすべて見比べるのに辟易することもあります。そのような中で、企業が顧客について知れば知るほど、個々のユーザーが欲しがりそうなものをより精確におすすめできるようになります。
実際、「2018 Accenture Interactive Personalization Pulse」によれば、情報量や選択肢が多すぎるという理由でウェブサイトの閲覧を中断してしまう見込み客は45%に上ります。しかし、企業側が顧客のことを熟知していれば、個別に最も合った選択肢を提案することができます。
「私たちは毎日、洪水のような情報に向き合い、何千という些細な決断を下していますが、人間の脳はまだこのような状況に上手く対処できるほど発達していません」と語るのは、イスラエルのウェブ心理学者で、グローバルエクスペリエンスの分析を行うクリックテール社の行動研究部門責任者であるLiraz Margalit氏です。こうした負担の多くはインターネットが生みだしているわけですが、「パーソナライゼーションのおかげで、企業は各顧客のニーズや好みに合わせて、検索結果を絞り込んだショートリストや、製品のおすすめ情報、サービスオプションを提供でき、顧客は自分にぴったりなものを簡単に見つけることができます」と、同氏は述べています。
たとえば、小売の巨人、Amazonで販売されている製品の数は5億6,200万を超えていますが、同社では機械学習アルゴリズムを活用し、顧客の好みに関して知り得たすべての情報を基に、各顧客向けにパーソナライズしたおすすめ製品情報を積極的に表示しています。
主導権と手軽さの両立
顧客の興味を映して絞り込んだショートリストから、好きな製品やサービスを選んでもらえるようにすることで、企業ブランドはもう一つの人間の基本的ニーズにも応えられるようになります。すなわち、主導権は自分にあると感じたい、というニーズです。
「消費者は自分のエクスペリエンスをブランドから決めつけられたり、指示されたりしたくないのです」と、アクセンチュア インタラクティブ社のZoghby氏は語ります。「消費者は一定の主導権と自主性を自分が持っていると感じたいのです。顧客の求めるものを予測してそのエクスペリエンスを押し付けるのではなく、顧客が好むかもしれないサービスや製品が何かを予期したうえで、それを使いたいか、いつ使いたくなるかは、顧客側で選べるようにしている企業が成功しています。そのような企業ではまた、自社で収集したいデータや、そのデータが顧客向け付加価値サービスの開発でどのように利用されるのかも開示し、情報を共有するか否かも消費者側で選択できるようにしています。こうした施策を展開することで、顧客がブランドとのやり取りにおいて完全な主導権を握っていると感じられるようになっているのです」
心理学的なアプローチ
顧客が自分を重要な存在で主導権は自分にあると思えるようなエクスペリエンスが求められていることはわかっていても、企業でパーソナライゼーションに関する効果的な戦略を開発することは往々にして難しいものです。そこにある根本的な課題とは何でしょうか。それは、顧客行動の背後にある動機について、企業が理解しかねている場合が多いということです。
「個人が過去にとった行動のデータを分析し、今後も同じ行動をするとみなして顧客行動の予測が可能である、と企業は誤解しています」と、クリックテール社のMargalit氏は言います。「人間は知的で複雑で、感情に任せて行動する生き物なので、その選択には常に多数の要素が影響しています。
つまり、企業は分析だけでなく、心理学の理論もまた適用するべきであり、そうして外部要因が顧客の多様な個人的特性、思考、期待、嗜好とどのように結びついて、製品を購入する(または購入しない)という意思決定に影響を与えるか特定できるのです。顧客が特定の思考や状況の中で、どのように行動するものなのかを真に把握すると、企業は顧客を喜ばせ売上げ増につながるパーソナライズエクスペリエンスを開発できます」
クリックテール社はMargalit氏と「集中」、「思慮」、「探索」、「混乱」、「無関心」という5タイプの顧客の思考を特定しました。顧客が何を考え、どう特定のパーソナライズサービスを受け入れるのかは、実店舗であれば、店員が顧客のボディランゲージから見極められます。それと同じことをオンラインで行うには、企業には顧客の閲覧傾向から浮かび上がってくるパターンを分析することが必要です。
「集中タイプの顧客は、あらかじめ特定の製品を購入しようと決めており、一つの商品をクリックしたらすぐ精算に進む傾向があります」と、同氏は説明します。「一方、思慮タイプの顧客は、一つのウェブページに数分間とどまって、さまざまな商品を眺める行動をとる場合があります。また混乱タイプや探索タイプの顧客なら、複数のページや製品カテゴリーの間でせわしなく行き来することが考えられますし、無関心タイプの顧客なら、すぐにサイトを離れたり、カートの中身を削除したりするわけです」
一定の行動パターンを識別する方法がわかると、それぞれの顧客がどのタイプのパーソナライズエクスペリエンスを役に立つと考えるか、企業はリアルタイムで判断可能になると、同氏は語ります。「たとえば、探索タイプや混乱タイプの顧客に対して購入プロセスの間に、パーソナライズされたおすすめ情報を送信すれば、購入の意思決定を促すことになります」
互恵関係を築く
パーソナライゼーションは消費者にとって大きなメリットになるだけでなく、実現する企業の側でも数々のメリットを受けられます。
「顧客にパーソナライゼーションが嗜好される理由を企業が深く理解すればするほど、その企業はよりよい形でカスタマイズエクスペリエンスを得意客に提供できるようになります。そしてその企業のサービスや製品はますます愛され、信頼も高まるようになります」と、テキサスクリスチャン大学のBright准教授は述べています。
また、人は個人としての存在を認められ、価値あるものとして扱われたとき、そして自分のエクスペリエンスに主導権があり脅かされないと感じられたとき、自然に最高に幸せであると感じるものだ、とMargalit氏は語ります。
「企業が正しくそれを理解できれば、パーソナライゼーションによりこうした人間の基本的ニーズのすべてに応えられます。あらゆる顧客が最良の意思決定の手助けをしてくれる信頼に足る秘書が24時間365日いる気分になれるからです」と、同氏は続けます。「このタイプのパーソナライズサポートをブランドから一度でも受けた顧客は、それ以下のサービスにはもはや満足できないことでしょう」