年に、当時インド人民党党首でグ ジャラート州首相であったナレンド ラ・モディ氏は、ギネス世界記録にそ の名を刻みました。グジャラート州立法議 会の選挙中、ボリウッドの映画ディレクター Mani Shankar氏と彼の同僚Raj Kasu氏が 英国に拠点を置くMusion社のホログラフィ 投影システムを利用し、モディ氏の3Dアバ ターが53ヵ所で開催された集会に同時に 「現れる」ことができるようにしたのです。2 年後、同じテクノロジーを使用して同時に最 大126ヵ所に自分の姿を映した選挙戦の、モ ディ氏は第18代インド首相になりました。彼 は45日間に1,500ヵ所で実施された約3,500 のイベントで、1億人の有権者に演説するこ とができたのです。
今までの大半のホログラフィ投影テクノロ ジーと同様に、Musion社のシステムは「ペッ パーズ・ゴースト」という19世紀の舞台奇術 の現代版です。この舞台奇術では、隠された 反射板に向けて人の姿を照射し、舞台上に 幽霊の幻影を作り出していました。しかし、 新たなテクノロジーを備えて21世紀に再登 場した現代版では、人々がやり取りをした り、学習したり、製品を売り込んだりすること さえできるリアルな3Dホログラムになって います。
1988年に世界で初めてディスプレイ・ホロ グラフィ分野で博士号を修得し、現在は英国 デモンフォート大学(DMU)で最新ホログラ フィについて教鞭を執るMartin Richardson 教授は、「物理世界に重ねたデジタル情報 の階層を人が制御し、操作できる『拡張現実』 (AR)のエクスペリエンスがますます一般 化してきています」と述べています。
「本当の3Dホログラムは、コヒーレント光源 からの光線の干渉によって作られますが、物 理法則のため、薄い空気中に光の焦点を合 わせることはできません。従って、最新のホ ログラフィ・ソリューションでは、ARと『ペッ パーズ・ゴースト』を組み合わせて、一般に 3Dホログラムと見なせるものを作り出して います」(Richardson教授)。
奇術の仕掛け以上のものに
拡張現実(AR)、複合現実(MR)、仮想現実 (VR)を含めて、幅広い環境で用途が見つ けられている、あらゆる形式の没入型仮想テ クノロジー(iV)を利用して、世界中の企業お よび、人の働き方、学び方、操作方法を根本 的に変えてしまう可能性のあるホログラフィ 表示を開発しています。
たとえばマイクロソフト社は、同社が世界初 の自己完結型ホログラフィック・コンピュータ と呼ぶ、頭部装着型のホロレンズ(Microsoft HoloLens)を開発してきました。
マイクロソフト社のホロレンズ担当ジェネラ ルマネージャーのLorraine Bardeen氏は次 のように述べています。「ホロレンズは複合 現実を活用するので、ユーザーは特定の物 理的場所や自分を取り巻く環境内にある物 体に『ピン留めされた』ホログラムを目にし ます。音声や手のジェスチャーでも、実際の 物体の場合と同様にホログラムを操作でき ます。ホロレンズは2016年12月までに8つの 市場で提供される予定で、意欲的な使用事 例が多数報告されています」
たとえば米国ケース・ウェスタン・リザーブ大 学(CWRU)とクリーブランド・クリニックは、 2019年中ごろにオハイオ州クリーブランド に開設される共同事業の医療教育キャンパ スで、ホロレンズを使用して解剖学を教える 予定です。
CWRUのホロレンズ研究の学部リーダーで、 Interactive Commonsのディレクターを務 めるMark Griswold氏は、次のように述べて います。「ホロレンズを使用すると、教授が別 の都市にいる場合でさえ、学生と教授は全 員、互いを見ながら同時に、人体の同じホロ グラフィ画像を見ることができます。また、学 生は3次元のホログラムを使うことで、すべ ての方向から臓器と、その内側の形状や経 路を見ることができます。さらに、教職員は 異なる疾患も見せられます。たとえば、脳の 内側の腫瘍、肺にたまった液体、心臓へ至る 動脈の閉塞などです」とGriswold氏は解説 します。
米国NASAジェット推進研究所(JPL)は、マ イクロソフト社と協力して、ホロレンズベー スの複数のアプリケーションを開発してきま した。その一つ、ProtoSpaceでは、エンジニ アはCADの代わりに実寸大のホログラフ表 示を使用して宇宙機器を設計することがで きます。Sidekickを使用すると、国際宇宙ス テーションにいる宇宙飛行士は複雑な作業 を実施するときに「ホログラフ式取扱説明 書」にアクセスし、地上の専門家と協力して 作業することができます。OnSightでは、火 星探査車のキュリオシティによって収集され た画像とデータを使用して、地球を拠点とす る科学者が火星を仮想の手段で歩き回り、 探査することができます。
NASA JPLでミッション・オペレーションのイ ノベーションリーダーを務めるJeff Norris氏 は次のように述べています。「われわれの調 査では、科学者がコンピュータ画面の代わり に頭部装着型ディスプレイで場所や航空機 設計を表示しているときには、それらの理解 度が高まることが示されています。ホログラ フ表示によって人は自分の慣れ親しんだ視 界で探査に没頭できます。地球で調査するのと同じ様に火星探査ができるため、非常 に肯定的なフィードバックが得られていま す。宇宙で複合現実を利用することで何が 可能になるのか、これらのプロジェクトはま だほんの手始めでしかありません」
多人数の利用が前提の用途
ほとんどのホログラフィ・システムでは、ユー ザーが特殊なヘッドギアを装着して3D投影 を表示する必要がありますが、テキサス州 に拠点を置くFoVI 3D社のような企業は、多 くの人が同時に見られるディスプレイを開 発しています。
「ホロレンズを使用すると、教授が別の都市にいる場合でさえ、 学生と教授は全員、互いを見ながら同時に、 人体の同じホログラフィ画像を見ることができます」
MARK GRISWOLD氏
ケース・ウェスタン・リザーブ大学INTERACTIVE COMMONSディレクター
米国カリフォルニア州に拠点を置くホログラ フィ・ソリューション開発企業、VNTANA社最 高経営責任者であるAshley Crowder氏の 意見も同じです。
「ホログラムはグループで使用できる唯一 のARソリューションなので、人が互いにやり とりする方法を劇的に変えうる要因となりま す。対話型で拡張性がある当社のVNTANA ホログラフィ・ソリューションは、映画館、小 売店舗、見本市、スポーツイベントなどで、ブ ランドが製品やサービスの広告を発信し、 顧客を引き付けるための一助となります。 VNTANA社は顧客データの収集やソーシャ ルメディアとの統合も同時に行うので、きっ かけを生み出したり、ユーザーが作成したコ ンテンツによってソーシャルメディア上の自 社のイメージを永続的なものにしたりする ことができます」
多くの企業が拡張性のあるARソリューショ ンや対話型のホログラフィ・ソリューション を探しているとCrowder氏は指摘します。「1 回限りの実験的なイベントに投資するクラ イアントもいれば、美術館や博物館、スタジ アムなどでの常設のため、長期のリースに 投資するクライアントも出てくるでしょう」
利用場所を移動できる表示
企業は利用場所を移動できるホログラフィ表 示の可能性も探っています。たとえばロンド ンに拠点を置くKino-mo社は、スマートフォ ンから画像をアップロードし、すぐに3Dで 画像を投影するプラグアンドプレイのHolo Displayを開発してきました。投影像は裸眼で 見ることができ、バー、ナイトクラブ、ショッピ ングモール、カジノを含むイギリスの20ヵ所 でテストを実施し、成功を収めました。
「ホログラムはグループで使用できる唯一のARソリューションなので、 人が互いにやりとりする方法を劇的に変えうる要因となります」
ASHLEY CROWDER氏
VNTANA社最高経営責任者
Kino-mo社の共同創設者であるArt Stavenka 氏は、「調査では、顧客の注意を引き、売上を 増やし、ブランドや会場とイノベーションの イメージを結び付けるうえで、Holo Display は驚くほど効果的であることが明らかになり ました」と述べ、そうした試みが主要なブラン ドや会場から複数の先行受注を得ることに 寄与したと付け加えました。「将来は手のジェ スチャーを使って、Kino-mo Holo Display上 の3Dオブジェクトの操作、空中でのリアルタ イムのビデオストリーミングやソーシャルメ ディアの投稿、物理的なもののスキャン、ス キャンデータをホログラフ化しての即時投影 も可能になるでしょう」
川崎市にある企業、株式会社バートンが開 発した真の3DディスプレイAerial Burton は、もう一つの利用場所を移動できるテクノ ロジーです。これは同社によれば、1KHzの赤 外線パルスを3Dスキャナーに打ち込むこと でホログラムを作成することに初めて成功した装置です。ガラス、煙、あるいは水に反 射させることなく、事前に定義した空中のポ イントに、スキャナーがパルスを照射して焦 点を合わせます。これで分子がイオン化され てパルス動作するプラズマの点になり、ホロ グラムが形成されます。このホログラムは3 次元なので、違う角度から見ると画像は違っ て見えます。
この特許を持つバートン社の創業者兼CEO の木村秀尉氏は次のように述べています。 「持ち運び可能な当社のデバイスは、多数 の受け手に向けて、任意の画像や文字メッ セージを即座に投射できるので、大規模災 害時の使用に最適です。矢印を描画して安 全な地域を指示したり、漂う警告サインを描 画したりすることができます。スマートフォン を使って空中からQRコードを取り込むこと ができるようなシステムも開発しています」
フォトニクスの将来性
研究者たちがホログラフィの潜在力を完全 に理解し、それを引き出すのはこれからです が、DMUのRichardson教授は、今後10年か ら20年の間に、商用化を進める大きな推進 力が得られるだろうと予測しています。
「フォトニクスはインフラに大きな変化をも たらします。レーザーや光の個々のフォトン が情報の送信に使用され、真のホログラフィ に必要とされる多種多様なデータに、さらに 容易にアクセスできるようになります。当初 は、医療、建築、エンジニアリングなどの商用 分野に変化がもたらされますが、やがて消 費者が十分利用できるほど安価になるでしょ う。最終的には、リアルタイムのホログラフィ を使用して出来事を記録するスマートフォン ができるかもしれません」とRichardson教授 は将来の展望を語ります。◆