インダストリー4.0と呼ぶにしても「スマート」な製造と呼ぶにしても、世界中の専門家が注力しているのは、インテリジェントな機械からデータを抽出してそれを分析し、製品そのものと製造プロセスの両方を改善する方法です。効率性向上やコスト削減などのメリットだけでなく、個人に的を絞ったソリューションによって、市場の動向にいち早く対応することも可能になります。
しかし、インダストリー4.0を目指す競争では、多くのメーカーがデータのサイロ(孤立化)につまずいています。導入した時は最新式だったシステムもいずれレガシー・システムとなります。レガシー・システムのデータは通常、下流のいくつかのシステムで使用できるよう、作成し直さなければならなくなります。結果的に重複や不整合が発生し、データを分析しても重要な情報を引き出せなくなり、製造現場で散見される非効率性の大きな原因となります。
業界のバリューチェーンを複雑にするデータサイロ
米国マサチューセッツ州に拠点を置くデジタル・トランスフォーメーション専門のビジネスコンサルタント会社、LNS Research社によると、種類を問わずあらゆるメーカーがこうした課題を認識しています。LNS社は2015年に「世界の製造オペレーション管理ソフトウェア導入状況: 業界のバリューチェーン全体をカバーするデジタルスレッドの構築(The Global State of Manufacturing Operations Management Software: Weaving the Digital Thread Across Industrial Value Chains)」という調査を行い、北米や欧州、アジア太平洋地域のあらゆる規模のディスクリート製造業者とプロセス製造業者を対象にしてアンケートを実施しました。
“デジタル・コンティニュイティは、21世紀のデジタルワールドで必要になる重要な特性です”
Michael Grieves氏
フロリダ工科大学先端製造・革新デザインセンター(Center for Advanced Manufacturing and Innovative Design)エグゼクティブ・ディレクター
この調査では、回答者が選んだオペレーションの課題の1位と2位は、デジタル・コンティニュイティの欠如に直接関係するものだったことが明らかになりました。すなわち、各部門間のコラボレーションの欠如を挙げた回答者が48%、共通点のないシステムやデータソースを挙げた回答者が39%でした。
これとほぼ同じ割合の回答者(それぞれ38%)が、自社のサプライチェーンやデマンドチェーン全体の調整・連携ができない、製造のパフォーマンス指標をタイムリーに把握できない、継続的改善の文化/プロセスが欠如しているなどを挙げました(回答には複数項目を選択できるため、合計が100%を超えています)。デジタル・コンティニュイティはこうした課題すべてに対応するのに有効です。
そしてLNS社は調査結果を次のように結論付けました。「情報が切れ目なく流れていけば、たとえば品質の問題や資産管理、必要な物資の供給、顧客心理など、オペレーションのどの時点での意思決定でもそれを評価し、それぞれの部門や企業の特定の判断に一体化させることができ、ひいては生産性や品質、利益、その他の主要業績評価指標(KPI)を全体的に押し上げることができます」
共通点のないレガシー・システムがデータの混乱を招く
フォード・モーターのグローバル製造部門でエグゼクティブ・バイス・プレジデントとして活躍し、現在はフロリダ州フォートマイヤーズを拠点として自動車分野のコンサルタントとして独立しているJohn Fleming氏によると、インダストリー4.0の勢いが高まる中で、自動車業界はレガシー・システムの課題を認識しています。しかし当座の回避策でしのごうとする企業も依然として多いようです。
「重要なシステムを変更するとなるとコストや投資要因がからんでくるため、たいていの場合は足の踏み場を慎重に選んで最善のことをやっていくということになるのです。私たちは果たして、最善の仕事をし、現在のテクノロジーで実現できる、本当にチャンスのある分野をしっかりと見極めているのでしょうか。こうした投資対効果については、場合によっては十分に理解されていません」
リスクは常に抑止力として働きます。Grieves氏は次のように説明します。「自動車メーカーにとっては、何か別のことに手を付けてそれがうまくいかない、などということはあってはならないのです。彼らは大きなプレッシャーにさらされています。それゆえに、やったことのない全く別のことに手を付けるよりも、表面的なところをいじくり回すほうが簡単なのです。今でも非常に多くの人たちが、『これを作ってみよう。壁越しに製造部門に投げ込んでやれば、きっとうまくやってくれるよ』と考えています」
こちらとそちらで同期は取れているのか
デジタル・コンティニュイティは、製品が構想から設計、エンジニアリング、製造、アフターサービスと推移する中で、そのライフサイクル全体にわたって信頼性と一貫性を実現する一意のデータソースを作り出します。
Grieves氏は次のように説明します。「デジタル・コンティニュイティの背景にあるのは、製品を作り出し、その運用、サポートと時間が進行していく中で、こうしたフェーズにおける情報が他のフェーズ内でも統合されるという考え方です。たとえば、製品を作り出すフェーズでは、設計されている製品が満たさなければならないのは機能要件だけではありません。製品は製造やサポートの容易性も考慮して設計されます。将来発生する可能性のある製造容易性の問題に対応するために、実際の製造容易性に関する情報が設計フェーズにフィードバックされます。製品に対する改善や製造容易性を評価できるようにするために、製品の実際のパフォーマンスに関する情報が設計フェーズや製造フェーズにフィードバックされます」
Grieves氏によると、現実のデータと科学的に正確な3Dモデルで表現された製品や工場をペアにすることで、メーカーはリアルタイム環境を監視し、将来の状態を予測できます。工場のオペレーションを数分前あるいは数時間前にシミュレーションすることで、工場の責任者は問題が発生する前にそれを検知・修正し、ワークセルのバランスをとり、品質強化に対応し、より安全な作業環境を確保できます。
米国ミシガン州に拠点を置くCenter for Automotive Researchの調査部門エグゼクティブ・バイス・プレジデント、David Andrea氏は「デジタル・コンティニュイティが非常に大きな影響を及ぼすことが明らかな分野の一つが、保証に関する情報です」と語ります。
「ディーラーは部品を交換するとそれをメーカーに請求します。そしてメーカーはそれをサプライヤーに請求します。ここで問題になるのは、現場で得られたデータをどのように使えるのかということです。単にコスト調整や会計のためだけでなく、部品開発プロセスにも戻せないでしょうか。そうしたやり方をすれば、メーカーは次の世代の製品では保証の問題を解消できるかもしれません」
画期的な答えを待たない
幸いにして、デジタル・コンティニュイティを達成する課題は、デジタル・トランスフォーメーションを推進するのと同じテクノロジーによって対応が容易になりつつあります。こうしたテクノロジーは自動車メーカーがすでに導入しているレガシー・システムとも連携するため、リスク要因も排除します。
たとえば、高度なデジタルプラットフォームには現在では優れた検索エンジンが搭載されているため、既存のレガシー・システムに保存されている情報を、構造化・非構造化を問わずに活用できます。このプラットフォームは、企業内のすべてのシステムを対象にして関連する情報を検索し、結果をまとめてデータや予測分析の形でユーザーに提示します。社内にいても、サプライチェーンのパートナー企業で仕事をしていても、認証されたすべてのユーザーが同じデータを、それぞれが担当する職務に適した書式で見ることができます。下流工程で変更が加えられると、すべてのユーザーに表示されるデータが継続的に更新され、正確性と適時性が確保されます。
LNS Research社は次のように見ています。「手作業で情報を集めて主な関係者に伝える従来の方法は持続可能なものではなく、利益を急速に圧迫しています。今日のテクノロジーのレベルは、設計からエンジニアリング、製造、納入、アフターサービス、さらにはデジタルモデルまでをカバーし、製品ライフサイクル全体にわたる情報の統合を可能にしています。こうしたデジタルモデルは、直接得た情報や実用的な情報を必要な部門や職務に、かつてないほどの速さと正確さ、効率性で伝えられるようにします」 ◆