スコットランドのグラスゴーは、2014年コモンウェルス・ゲームズを開催した際、世界中の聴衆に向けて市の事例を示す機会だけでなく、市民生活に利益をもたらす機会も得ました。以前から洪水の被害や産業利用によって汚染されていた土地をきれいにして安全を確保し、選手村として整備したのです。この土地が今日では、1,400戸を有する安全な住宅地域になっています。
グラスゴーの事例は、その都市が物理面と社会面の両方のレジリエンスに重点を置いていることを示しています。レジリエンスは従来、自然災害、テロリズム、気候変動などの重大な脅威を防ぐことや対処することに関連していましたが、レジリエンス活動の高まりによって、より良いコミュニティを築くことにも重点が置かれるようになっています。
ニューヨーク市に本拠を置く非営利団体のロックフェラー財団は、1913年の設立以来、「人類の福祉の増進」に取り組んでおり、レジリエンスとは「いかなる種類の慢性ストレスや急性ショックを体験しようが、都市の中で生き残り、適応し、成長するための個人、コミュニティ、機関、企業、およびシステムの能力」と定義しています。ロックフェラー財団は2013年に、「100のレジリエント・シティ(100RC)」を創設して、同財団のレジリエンスに関する目標を正式に決定しました。この活動は、各都市と協働してレジリエンスを世界中で向上させることを目的としています。
100RCに選定された、ロッテルダム(オランダ)、富山(日本)、バンクーバー(カナダ)の三都市は、都市によって課題が大きく異なる可能性があることを示すとともに、あらゆる都市においてレジリエンスがますます重要な問題となっている理由を明らかにしています。
三つの都市を比較
ロッテルダムは、無視できない地域特有の課題(特に洪水被害)と向き合っていますが、同市のリーダーたちは社会的問題にも同様に目を向けています。
同市のチーフ・レジリエンス・オフィサー(CRO)である、Arnoud Molenaar氏は次のように述べています。「レジリエンスの観点から言えば、物理的システムが強固で回復力が高い、ということは重要です。しかし、都市の社会構造に対しても同様のことが言えるでしょう。レジリエント・シティになるには、適切かつ物理的なレジリエンス・インフラが不可欠ですが、適切な社会的レジリエンス・システムも同様に不可欠です。どちらの要素も極めて重要なのです」
ロッテルダムのレジリエンス重点項目には、その都市を拠点とする企業を対称に、化石燃料から持続可能なエネルギー源へと移行させる取り組みの強化が含まれています。
“「レジリエンスへの最初のステップは、どのような都市にしたいかを定義することです」”
Arnoud Molenaar氏
ロッテルダムのチーフ・レジリエンス・オフィサー
Molenaar氏は続けます。「我々は変革の旅をスタートさせなければなりません。レジリエンスの目標を達成する最善の方法を見つけなければならないのです。この目標には、物理的要素と社会的要素の双方が含まれ、社会的結束と教育、インターネットの使用とセキュリティ、気候変動への適応、インフラ、ガバナンスの変革が対象となります」
オランダと同様、日本にも日本の地形特有の課題が広く知られていますが、富山では洪水が起きる頻度は低く、むしろ社会的要素が最大の課題となっています。
富山のCROであるジョセフ・ランゾウ稲田氏は次のように説明します。「我々がレジリエンスについて考える場合、必ずしも大災害を想定して検討しているわけではありません。富山は比較的安全なところです。とはいえ、人口減少と高齢化の問題があり、この問題はあらゆることに波及します。経費が膨らむ一方、税収基盤は縮小し続けているわけです。市にとってはこの問題こそがストレスであり、何とかしてレジリエンスを高めなければなりません」
一方、バンクーバーでは「孤立」が大きな問題であると、ブリティッシュ・コロンビア大学コミュニティ・地域計画学部および人間居住センターの教授兼ディレクターであるPenny Gurstein博士は指摘します。
「市民が隣人のことを知らない、あるいは隣人と協力し合うことを快く受け入れられない場合、大きな問題が生じる可能性があります。ほとんどの近代的な都市は高い人口密度を有していますが、衝撃的な事態が起きた際に市民が協力し合う方法を知らない場合、問題が発生し、レジリエンスが低下することになります」
100のレジリエント・シティ
レジリエンスに関する懸念が高まるのに応えて、ロックフェラー財団は、「世界各地の都市が、21世紀になって増大している物理的、社会的、経済的な課題に対するレジリエンスの向上を図れるように」、100RCを創設しました。
100RCが最初に創設された際、世界各地の都市がこの新たなネットワークへの参加を申請しました。それに対し、専門家委員会は、「革新的な市長、最近の変化を促す材料、パートナーシップ構築の歴史、さまざまなステークホルダーとの連携能力」などの要素に基づき、各都市の加盟適格性を判断しました。
財団に選定された100の加盟都市は、効率の悪い公共交通システム、民族紛争、飲食料の慢性的な不足など、広範かつ多様な課題に直面しています。
100RCは、レジリエンスのロードマップ策定に必要なリソースの提供を通じて、各都市がレジリエンス活動を実践できるように支援します。財務的指針や事業計画の指針を提示するのに加えて、100RCの加盟都市が、戦略的パートナーからレジリエンスへの取り組みに対するサポートを受けられるようにし、さまざまなアイデアを学習・共有してコラボレーションを図れるネットワークを提供します。
また、各加盟都市にはCRO職も設けられます。当該都市に雇用されたCROは、この取り組みを主導し、自治体の各部署やステークホルダーと連携し、「連絡窓口」として機能することで、都市が「レジリエンス・レンズ(レジリエンスの観点から物事を考えること)」をすべての計画やプロジェクトに適用するようにします。
レジリエンスのネットワーク
100RCは、各都市がレジリエンスを高められるように、健康・幸福、経済・社会、インフラ・環境、リーダーシップ・戦略の各分野に取り組む際に指針となる「シティ・レジリエンス・フレームワーク」を開発しました。
ランゾウ稲田氏は次のように説明します。「レジリエンス・フレームワークにより、市のスタッフや市民は、レジリエンスの理解に加え、富山市が適切に対処できた、あるいはあまりうまく対処できなかった問題をより包括的に理解できるようになります。このフレームワークが。レジリエンス計画策定の出発点です」
CROは、戦略的な計画を策定した上で、各都市特有の課題に取り組むことに責任を負います。都市によって課題は異なるものの、共通のテーマも浮かび上がってきます。たとえば、アジアのある都市が直面している地震の脅威は、何千マイルも離れた南米の都市が抱えている課題と類似していることがあるのです。100RCネットワークを通じて、二つの都市が共通の有益なアドバイスやシステムを活用し、レジリエンスへの取り組みを向上させることができるでしょう。
ランゾウ稲田氏は続けます。「各都市が作成する戦略的計画は最も重要なツールであり、100RC都市の間で共有されています。また、100RCはカンファレンスの後援も行っており、そうした場を通じて、1対1の議論を行うのに絶好の機会を頻繁に提供しています。1対1で議論を進めることで、発表された計画の重要性を真に理解することができるのです」
耳を傾け、学習する
100RCネットワークがレジリエンスの課題に向けたグローバルフォーラムを開催する一方、グラスゴーのCROであるDuncan Booker氏は、各都市が現地の企業や人と協働して、その都市で最もよく見られる問題をすばやく見極めることが重要であると強調します。
“「市民が隣人のことを知らない、あるいは隣人と協力し合うことを快く受け入れられない場合、大きな問題が生じる可能性があります」”
Penny Gurstein氏
ブリティッシュ・コロンビア大学コミュニティ・地域計画学部ディレクター
Booker氏は次のように説明します。「現地のパートナーと会合を持ったたとき、その場で彼らから、グラスゴーの最大の課題は格差に取り組むことである、と指摘されました。格差は確かに長期にわたって市民にストレスを与えており、検討しなければならないものでした。従って、都市がさまざまな点でより公正で公平であることこそがレジリエント・シティの基盤であると考えています」
ロッテルダムのMolenaar氏は、都市の最も重要な資産である「市民」の集合的な意見に耳を傾けなければならないと力説します。
同氏は以下のように説明します。「ロッテルダムでは約3,000人の市民とのインタビューを実施しました。あらゆるレジリエンスに関する話題の中で最も重要だと思うものは何かと質問したところ、回答は一貫して『社会的なレジリエンス』でした」
市民から生の情報を収集することによって、ロッテルダムはレジリエンスの促進に必要なものを見極められるようになり、他の都市の模範として機能しています。
「レジリエンスへの最初のステップは、どのような都市にしたいかを定義することです。まさに今直面している、あるいは将来向き合うことになる主要な課題や破壊的変革がどのようなものであるかを特定します。次に、目標を設定して、その目標を達成するためのアプローチを策定します。ロッテルダムでの我々のミッションは、統合されていて、応用が利き、都市のさまざまな側面で常に付加価値をもたらすようなソリューションを考え出すことです」
最善へのアクセス
100RCの都市は、幅広いプラットフォーム・パートナーにアクセスして、レジリエンスへの取り組みに対するサポートを受けることができます。パートナーの例として、レジリエンスの計画策定を支援できる世界的なソフトウェア会社のほか、保険や輸送といったレジリエンスと関連のある業種の企業が挙げられます。
ランゾウ稲田氏は以下のように述べています。「100RCのシステムを通じて、レジリエンス支援に関心がある組織の主要メンバーと面談することが可能です。その機会を捉えてこれらの組織が持つスキルにアクセスし、都市が直面している具体的な問題の解決に役立つ方法を見極めます。このようなプラットフォーム・パートナーと連携することは、非常に価値のあることになるでしょう」
力を合わせて向上する
こうした活動の中心は当初、都市の物理的課題に置かれていましたが、今日では、市民に投資して目標を達成しようとするCROが増えています。
「通常『緊急』対応を要する事態を考えれば、隣人が最初の対応者になることが理想です。そのため、コミュニティ全体でより強固な社会的結束を構築することが、レジリエンスにおける重要な点なのです。グラスゴーでは、大半の人は隣人の名前を知らないか、あるいは知る必要がありません。そこに課題があるのです。困難ですが、緊急事態や衝撃的な出来事が生じたときのことを考えると、社会的結束の構築こそが間違いなく物事の核心となる部分であり、レジリエンス・アプローチの特徴としてますます重要になっています」と、Booker氏は述べます。
Gurstein氏は、バンクーバーにおいて、社会のあらゆる側面の中心に市民の誇り、団結、レジリエンスを置く積極的な活動が広がっていることに気づいています。
「人は、限界まで追いつめられて初めて、物事が見えるようになると思います。物事に対して『ノー』と言い、より進んで、自らが暮らす都市にポジティブな変化を起こそうとしています。バンクーバーでは、住宅供給量の欠如や住宅価格といったプレッシャーにもかかわらず、自分の市に誇りを感じ、コミュニティを良くしたいという機運が高まっています。一方、かなりの数の人が『もう限界だ。何とかしなければ』と声を上げていると思います。それこそが現実に起こっているレジリエンスなのです」と、同氏は述べています。
そうした情熱がレジリエンスにとって重要であると、ランゾウ稲田氏は指摘します。
「私には、都市と運動選手は似ているように見えます。二人の選手の『測定可能なもの』は同じレベルにあるにもかかわらず、一人は常に傑出したレベルの成績を上げるのに、もう一人の成績は芳しくない、ということがあるかもしれません。選手に関しては、そこで『ハート』が注目される場合がありますが、これは測定できない特別なものです。都市も同じだと思います。レジリエント・シティには、市民の誇り、コミュニティの強い絆、市民同士の深い関わりが必須です。そうした特性を完全に測定することは難しいですが、レジリエント・シティの構築と持続可能性にとってはこうした特性が不可欠でしょう」