2000年に国際連合(国連)加盟国は、「2015年までに5億人を貧困から脱出させる」という国連が掲げる目標を達成するために、世界中のすべての子どもが初等教育の全課程を修了できるようにすることが不可欠であるとの合意に達しました。国連が設定した8つのミレニアム開発目標の一つである、普遍的初等教育に関する目標は現在、達成が危ぶまれる状況にあります。
当初、目標達成に向けた歩みは順調でした。小学校の就学年齢にありながら学校に通っていない子どもの数は、世界全体で1999年から2008年にかけて1億800万人から6,100万人まで、すなわち44%近く減少しました。しかし、目標達成期限まで3年を残すのみとなった2012年、万人のための教育(EFA: Education for All)が発行する10回目のグローバル・モニタリング・レポートによって、その歩みが6,100万人で止まっていることが明らかになりました。さらに、教員自体の不足や教員の訓練不足が原因で、学校に通ってはいるものの実際には学ぶことのできていない子どもが数百万人も存在するというのです。
逆風の中で
伸び悩みの一因としては、最も支援しやすいグループすべてに支援が行き届いてしまったことが挙げられます。「現在、小学校に入学できない、あるいは小学校を卒業できないリスクに最もさらされているのは、最も立場が弱く、社会の周縁に追いやられているグループです」と話すのは、国連教育科学文化機関(ユネスコ)でEFA Global Monitoring Reportのディレクターを務めるPauline Rose氏です。「家族とともに移動して歩くため、一緒に『移動してくれる学校』が必要な移動生活者の子どもなどがその例です。学校に通えない子どもの多数を障害を持った子どもが占めている可能性もあります。多くの国の学校環境は、障害を持った子どもにさまざまな点で対応していないのです。この問題にも対処する必要があります」
6,100万人
世界全体で、就学年齢に達しながら小学校に通っていない子どもの数 (EFA: Education for All)レポート
そのような子どもたちが教育を受けられるようにすることは、決して不可能ではありません。Rose氏は、政府および非政府組織(NGO)による成功したイニシアチブの例を挙げます。たとえば東アフリカでは、NGOのCamfedとBRAC(訳注:バングラデシュのNGO、以前の正式名称はBangladesh Rural Advancement Committee)が農村部の女子に対する教育と、その後の起業支援に取り組んでいます。バングラデシュでは、非営利組織のShidhulai Swanirvar Sangsthaが手がけるプロジェクトによって、洪水の起こりやすい川沿いの地域に住む子どもたちに対し、太陽光を動力源とする浮かぶ学校が提供されています。「ただし、このようなイニシアチブは十分な規模では実施されていないのが現状です」と、Rose氏は言います。
資金の工面
2000年以来、就学児童の増加策としては授業料の廃止が特に効果を上げてきました。「現在までに、学校に通う子どもの数は5,500万人以上増加しました。その主な理由の一つは、多くの国で授業料が廃止されたことです」と話すのは、貧困撲滅を目指す国際的NGOのActionAidでProgram Development部門のリーダーを務めるDavid Archer氏です。「かつて、92カ国の子どもたちは小学校に行くのに授業料を払う必要がありましたが、この十年間でそれらの授業料は廃止されました。タンザニアとケニアだけでも、授業料が廃止されて以来、小学校に入学する子どもの数は400万人増えました」
しかし、授業料で教育資金を賄えないとすれば、誰がその不足を埋めるのでしょうか。どうやら、国際援助国ではないようです。Rose氏によれば、非就学児童の減少が足踏み状態に入ったのは、国際援助国が教育資金の拠出を凍結または縮小したのと時を同じくしています。「これは、教育資金の主な供給源として、自国の政府はもちろんのこと、援助国の支援も必要としていた貧困国の一部に対し、多大な影響を及ぼしています」と、Rose氏。「そして、授業料が廃止された国では、さらに多くの資金供給が必要とされているのです」
さらに、Archer氏によれば、単に普遍的教育を実現するだけでなく、教育の質の高さも確保するためには、それ以上の資金が必要とされます。「就学児童が数百万人増えれば、その分訓練を受けた教員も雇用する必要があります。さもなければ、学習成果の質は低下するでしょう」と、Archer氏。「現在、2億5,000万人の就学児童が、1学級当たりの児童数が多いことと、訓練不足の教員が劣悪な条件下で働いていることが原因で、事実上学ぶことのできない状態にあります」
民間の支援者
EFAのグローバル・モニタリング・レポートでは、教育に対する政府の出資を支援する上で民間部門が重要な役割を果たすと指摘しています。「教育に対する民間からの支援が増加すれば、状況が大きく変わる可能性があります」と、Rose氏。「たとえば保健衛生の分野では、Microsoft社の創設者でビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団の共同創設者でもあるBill Gates氏が、多大な影響を及ぼしました。しかし、教育の分野にはBill Gates氏のような人物がいません。そのため、わたしたちの目標に対する賛同を民間部門から得る必要があります」
民間部門からの支援は現在も行われてはいますが、その規模は十分ではないとRose氏は言います。「マスターカード財団のような財団や、Intel社やCisco社のようなITサポートなどを通じて、すでに資金を提供している民間組織も存在します。しかし、民間からの支援は、開発途上国の教育に対する支援全体のほんの一部を占めているに過ぎません。比率にすれば、援助国による支援の約5%にとどまっています」
民間の支援者はGates氏のように、教育よりも健康を重視する傾向がありますが、この2つの問題は密接に関係しています。「すべての子どもが学校に通って学ぶことができれば、現在および将来の世代の健康の改善や、女性のエンパワーメントの向上、生産性の改善、HIV感染率の低下、市民の積極的な社会参加の拡大、民主的な説明責任といった点に劇的な影響が生じます」と、Archer氏は言います。
勢いを取り戻すために
普遍的な初等教育を実現できるかどうかはまだ不確かですが、目標達成に向けた勢いを取り戻すための新たな取り組みも行われています。たとえば、国連事務総長の潘基文(Ban Ki-Moon)氏は最近、世界中の国家、民間企業および財団を結束させ、2015年以降に向けた最後の「大きな一押し」をすることを目的としたイニシアチブ、「Education First: 教育を最優先に」を立ち上げました。このイニシアチブは今後5年間で、質が高く有意義で、なおかつ変革を促すような教育が、世界中の社会、政治および開発上の課題の中心に確実に据えられるようにするとともに、持続可能な世界規模の支援活動を通じて教育のための資金を創出することによって、すべての子どもを学校に通わせることを目指しています。
2013年末に発行が予定されているグローバル・モニタリング・レポートの次期年次報告書では、これまでの動向について、特に最も立場の弱いグループの観点から考察し、教育分野のミレニアム目標を実際にはいつ達成できる見込みであるのかを示すことになっています。「わたしたちは2015年以降に向けた計画を立て始める必要がありますが、だからと言って、もうアクセルから足を離していいわけではありません」と、Rose氏。「教育の支援に対し、人々に積極的に取り組んでもらう必要があります」
万人のための教育:Education for Allは、すべての子ども、若者および大人が質の高い基礎教育を受けられるようにすることを目指す世界的な取り組みです。1990年のWorld Conference on Education for All(万人のための教育世界会議)において、155の国と国際機関によって立ち上げられました。そのゴールを2015年までに達成するために、2000年のWorld Education Forum(世界教育フォーラム)では、教育に関する6つの重要な目標が設定されました。現在はユネスコが、これらの目標の達成に向けた世界的な取り組みを主導しています。