「こうあるべきだ」という先入観なしに自動車を設計することを考えてみてください。持っていてもわずかな時間(たとえば全体の9%程度の時間)しか運転せず、使わないまま何時間も何日間も放置されている、そのような自動車をあなたは作ろうと思いますか。
ルノーで新しいファミリーカーのコンセプトを担当するチームは、この質問を自問しました。彼らが出した答えが、移動式生活スペースという斬新なコンセプト、「シンビオズ(Symbioz)」です。シンビオズはどこでも行きたい場所へ連れて行ってくれますが、全てを電気で賄う作りになっているため、リビングルームに駐車すればそこが別空間となり、読書をしたり映画を見たりすることができます。また、屋根の上に駐車すれば蚊を寄せ付けない部屋となり、おしゃべりをしたり、大型ガラスパネルを通して夜の空を眺めたりできます。
ルノーのコーポレート・デザイン部門シニア・バイス・プレジデント、Laurens van den Acker氏は次のように語ります。「自動車は将来的には人が生きていく上で欠かせないものとなり、生活から切り離してではなく、その一部として設計されると考えました。電気なので排気ガスもオイル漏れもなく、屋内に入れられます。運転することもできますが、自動運転も使えますので、屋根の上に自動で駐車することもできます。家に電力を供給したり家から自動車に充電したりしてエネルギーを共有することも可能です。持ちつ持たれつの関係(symbiosis = 共生)にある2つのものを接続するという意味でシンビオズと命名しました」
設計の再検討
ルノーはこのシンビオズを生み出したプロセスを、自社のブランド価値に合わせて「人生への熱い思い」と呼びます。このプロセスはルノー以外では「アップストリーム・シンキング」と呼ばれており、従来の設計手法にはない以下の3つのステップで構成されています。
出発点となるのは、設計者やエンジニア以外のメンバーも含む機能横断型のチームです。あらゆる企業機能を取り込めばこれまでの決まったやり方から抜け出すことが容易になり、一方では、従来の開発プロセスでは手遅れになるまで利用されなかった専門知識の恩恵を受けることができます。
詳細設計に入る前にターゲット顧客を関与させます。ほとんどの設計プロジェクトでは、設計やエンジニアリングが終わった数ヵ月後あるいは数年後にのみ、フォーカスグループでのプロトタイプのテストを行います。
潜在的な顧客が体験できるようなかたち(コンピュータやバーチャル・リアリティを活用)で構想設計に関する調査を実施してノウハウを蓄積し、詳細設計が始まる前に、潜在的な顧客が確かな情報に基づいてより多くのフィードバックを提供できるようにします。
「現在は想像すらできない、向こう数年以内に人々があったらいいのにと思うものを考えるために、我々はこのようなプロセスを用いています」
PATRICK LECHARPY氏
ルノー LABORATOIRE COLLABORATIF D’INNOVATION、DESIGN SYNERGIES ALLIANCE代表
アップストリーム・シンキングの最も重要な側面は、「設計はどのようにやるべきか」あるいは「結果はどうあるべきか」という先入観を持たない人たちを関与させることで、顧客のニーズや要望、さらには最新の設計パラダイムにもピンポイントで的を絞ることです。Laurens van den Acker氏は次のように語ります。「自動車の設計を担当するチームが建築物も担当するというのはあまりないことですが、我々はMarchi Architects社に協力してもらい、シンビオズと一緒に家も設計しました。自宅に戻ってきたときに自動車と家との間でコミュニケーションを開始したり、自動車にしてほしいことを家から伝えたりできるようにするために、家の照明はPhilips Lighting社と一緒に設計しました。私が思うに、将来的には我々設計する側が孤立した状態で仕事をすることはなくなり、我々とは別の考え方をする人たちと協力しながら作業する機会が増えるのではないでしょうか」ルノーのLaboratoire Collaboratif d’InnovationのDesign Synergies Alliance代表、Patrick Lecharpy氏は次のように付け加えます。「現在は想像すらできない、向こう数年以内に人々があったらいいのにと思うものを考えるために、我々はこのようなプロセスを用いています」
顧客を中心に据えた設計
航空宇宙分野の電気技師であるMichel Serafin氏は、電子工学や電気推進の専門家のSébastien Mahut氏と共にNewron Motors社を設立した時にアップストリーム・シンキングのことを知っていればよかったと思っています。同社が目標としているのは、最高速度220km/h、0-100km/h加速が3秒未満の、電気のみで走る高性能2輪車を開発することです。
Serafin氏は次のように語ります。「2輪車は大好きですが、我々の仕事は2輪車やその機械部品を作ることではありません。そんなことはできませんから。そのため、機械工学の専門家を訪ねて仕様を渡し、作ってほしいと依頼しました」Serafin氏によると、できあがったのは角張ったがっしりしたマシンでした。あまりにも格好が悪すぎ、すらりとした流麗なデザインが大勢を占める市場で成功するとは思えませんでした。そこでNewron社はデザイナーを雇い、美しいスケッチを描いてもらいました。ただし、どのような方法で作るのかは考えていませんでした。
このプロジェクトが選ばれてアクセラレーター・プログラムへの参加が決まった時に、同社はアップストリーム・シンキングを紹介され、最高のカスタマー・エクスペリエンスの実現に向けて最適化されたデジタル・プラットフォームを利用できるようになりました。Serafin氏は次のように説明します。「チームの技術者以外のメンバーも設計に参加するようになりました。プラットフォームを利用できるようになった瞬間から、関係者全員が一つになり、一緒に作業することができました。単に製品を設計する方法だけでなく、使われる状況を想定して使いやすさを設計に織り込む方法も教えてもらいました。おかげさまで、常に顧客を中心に据えて考えるようになりました」
Serafin氏によると、2輪車メーカーは通常、木製のプロトタイプを作成してそこに実際に座ってもらうことで、自社デザインのエルゴノミクスを検証します。エクスペリエンス・プラットフォーム上であれば、「費用はいっさいかけずに、1時間もあれば設計とバーチャルなテストを実行できる」と語ります。「5日間の作業の最後には、完成した2輪車にバーチャルな環境で試乗することもできます。あらゆるオプション、あらゆる可能性をテストできます」
最初から適切に設計する
一方で、アップストリーム・シンキングのメリットはコンセプトカーやスタートアップ企業に限定されるわけではありません。
ロサンゼルスに拠点を置くアキュラ自動車のグローバル・クリエイティブ・ディレクター、Dave Marek氏は「他社よりも有利になる」と語ります。結果的にMarek氏は、さまざまな研究機関がある中でオハイオ州立大学の研究者やカリフォルニア州のスタンフォード大学の研究者と連携し、自身の調査範囲を広げました。これにはたとえば、若いドライバーは自動車の質感や仕上げに何を期待しているのかを学生にインタビューする調査も含まれています。
アップストリーム・シンキングを利用して未来の顧客と向き合うことにより、Marek氏はアキュラの経営陣を説得し、2019 RDXクロスオーバーSUVに最新の車載インフォテインメントシステムを搭載することができました。この装置はトゥルー・タッチパッド・インターフェイスと呼ばれ、ドライバーの見やすい位置に10.2インチ(26cm)HDデュアルゾーン・センター・ディスプレイが配置され、ドライバーの手がすぐに届くところに1対1で直感的に操作できるタッチパッド式操作盤を備えています。
Marek氏は「運転席に座れば誰もが、すぐにその操作方法がわかります」と語ります。「なるほど」となるのです。これができたのは、1回試しただけですぐに使えるような十分に直感的なデザインになるまで「いろいろな人に座ってもらって何度も試した」(Marek氏)からです。
共通のプラットフォームで利用できるデジタル・コラボレーション・ツールは、アキュラの顧客の理解度だけでなく、Honda R&D Americas社内のさまざまな専門部署の間の理解度も高めています。
コラボレーション・プラットフォームを導入する前は、エンジニアリング部門と協力して問題を解決するためには、Marek氏は先方に出向いたり、電話したりしなければなりませんでした。
「電話を使うと、場合によっては相手方が何について話しているのかわからないことがあります。これは遅れにつながりますが、今は[バーチャルモデルを表示する]コラボレーション・ツールがあるため、こうしたやり取りの質がさらに高まり、いつでもリアルタイムで問題を解決できます。コラボレーションを駆使した手法が、すべてを変えてくれました」(Marek氏)
こうした企業は、早い時期から頻繁に繰り返す手法を取り入れたり、開始時からすべての専門部署を関与させたり、ターゲット顧客の要望やニーズに確実に焦点を合わせ続けたりすることにより、最初から適切な設計を実現しています。その結果、コストを削減しながら開発期間を短縮し、顧客を満足させることができるのです。これは誰もが望むことです。
アップストリーム・シンキングは、ダッソー・システムズのDESIGNStudioが草分けとなる最先端のプロセスであり、設計手法とバーチャル・ユニバースを統合します。DESIGNStudioをご利用いただくと、ユーザーを中心に据えて、状況に応じた有効なエクスペリエンスの設計に的を絞ったデジタル文化を作り出すことができます。「ユーザーや専門家の視点」と「社内全体のさまざまな専門知識」を統合するプロジェクトベースの手法を備えたDESIGNStudioをお使いいただくことにより、お客様は最適なエクスペリエンス・シナリオやバーチャル・プロトタイプ、シミュレーションを活用してイノベーションを実現できます。 For more information, please visit: http://go.3ds.com/TeYアップストリーム・シンキング
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