各国政府や通信業界はモバイルコネクティビティを飛躍的に向上すべく、次世代モバイル通信技術である5Gの技術開発に数十億ドル規模の資金を投じています。5Gは膨大な数のデバイスのネットワーク接続を可能にし、レスポンスタイムを短縮します。そのため、デジタルファクトリーの機能強化やリアルタイムでの遠隔手術など、新たなモバイルアプリケーションの用途が広がります。
アクセンチュア 戦略コンサルティング本部のマネージングディレクターであるAjay Chavali氏は次のように述べます。「家庭用の上位のWi-Fi機器を使用した場合、レイテンシが1ミリ秒の5Gは、4Gより10倍速く、ほとんどの有線通信の速度に匹敵します。1平方キロメートル当たり100万台のデバイスを接続でき、最大毎秒20ギガバイトの通信速度を誇る5Gは、無線ネットワークの利便性と導入のしやすさを持つ、有線通信に代わる初の有望な技術です。製造業、輸送、物流、倉庫業、医療、公共のサービスを変える新たな製品やサービスの開発を可能にし、今後数兆ドル規模の経済的な恩恵をもたらすでしょう」
しかし、開発者がこうした5Gの用途に沿った製品の設計をするには、極めて複雑な要件を同時に管理する必要があります。したがって、最初から全てを的確に実行し、他社に先駆けて製品を市場に出せる可能性は非常に低いのですが、実際に製品を構築する前にシミュレーションで性能を確認することができれば話は別です。これを可能にするのがデジタルかつ3Dのシミュレーションの技術です。この技術を用いることで、開発者はかつてないスピードで製品のテスト、トラブルシューティング、再設計を行うことができ、物理的な試作のように高いコストと長いリードタイムが発生することもありません。
Chavali氏の同僚で、アクセンチュアでシニアマネージャーを務めるSanjay Keswani氏は次のように述べます。「5Gを使用したIoTを実用化するには、何層にも重なり合ったテクノロジーがうまく機能する必要があります。このテクノロジーには、センサーや電子部品、無線機器、ネットワーク機器のほか、ネットワークとコネクティビティのプロバイダー、IoTクラウドと異種混合ネットワークのインテグレーター、ソフトウェアプラットフォーム事業者、エンドユーザーアプリケーションのプロバイダーが含まれますが、これらを上手く組み合わせて統合するのは容易ではなく、費用もかかります。バリューチェーンを構成するさまざまなプレイヤーが多額の投資を行う必要があり、投資に見合った価値を提案するのは一筋縄では行きません」
「こうした複雑さが、特に5Gの運用環境の難しさも加味すると、設計ミスのリスクを大幅に高めることになる」とKeswani氏は述べます。メーカーとサプライヤーは電波干渉を起こす可能性のある外部のあらゆる影響に耐え得る製品を設計しなくてはならず、また、製品は運用される全ての国の、厳しく、そして国によって大きく異なる規制基準を満たす必要があります。
さらに、開発コストを妥当な水準にとどめる必要があります。デジタルサービスとコンサルティングを提供するInfosys社が最近、5Gアプリケーションの買い手となる可能性のある業界リーダーを対象に行った調査では、調査に協力した60%が、とある特定の使用事例において5Gを採用する決め手になるのはコストと有効性であると回答しました。
10倍
レイテンシが1ミリ秒の5Gは、家庭用の上位のWi-Fi機器を使用した場合、4Gより10倍速く、ほとんどの有線通信の速度に匹敵します。
複雑さのシミュレーション
これらの課題を克服するには、最適化された高性能な設計を、魅力的な価格で提供する必要があります。無線モジュールとアンテナを製造するLaird Connectivity社で高周波回路やアンテナの設計を担当する上級エンジニアのJay Gillette氏にとって、効果的なシミュレーションツールは性能と価格の両立に欠かせない要素です。
Gillette氏は次のように述べます。「今日の5Gアンテナの設計にはシミュレーションが必須です。ごく単純なタイプのアンテナであれば実際に手を動かして最適化するので十分かもしれませんが、最新のアンテナに求められるパターンや帯域幅の要件を満たすにはその方法は現実的ではありません。実験室で解決策を見つけても実際には最適ではない可能性があり、実験室で入手できる限られたデータセットでは機能の予測が困難です」
しかし、バーチャルな環境で検証することで、エンジニアは5Gの信号の強度と信頼性に影響を及ぼすおそれのある多くの要素を特定し、これらの可変要素に応じて設計を最適化することができます。現在検討されている遠隔手術など一部の使用事例は細心の注意を要するため、5Gネットワークはあらゆる気象条件、さまざまな環境下で常時稼働し、高い信頼性を保つ必要があります。信号を送受信する無数の小型アンテナを用いてこのような目標を実現するのは、携帯電話の基地局で形成される現在の比較的小さなネットワークよりもはるかに複雑です。
Gillette氏は次のように述べます。「製造委託元の企業向けに5Gのアンテナを開発する場合、設計が先方の要件を満たす必要もあります。試作品の設計にも時間、費用がかかりますが、お客様の要件を満たさないリスクがある段階で試作品を作りたくはありません」
しかし、高度なデジタルシミュレーション機能があれば、5Gのネットワークが実際に運用される環境におけるバーチャルなモデルを構築して設計を検証することができます。それも、細かな設計作業に入る前の初期段階で検証を行うことができるのです。
「シミュレーションソフトは実際のパフォーマンスを非常に正確に予測できるので、要件をどの程度満たしているかを正確に把握できます。『時は金なり』なので、このようなシミュレーションを素早く行えることで、何度も現実の設計、テスト、再設計を繰り返さなくて済むのは非常に大きいメリットです。これが競争力の強化につながるというのは誰もが感じていることであり、シミュレーションは絶対に導入するべきです」
即座に得られるメリット
5Gが新たにもたらすメリットを考えれば、これらの課題を解決することには大きな価値があります。消費者は、4K動画の安定したストリーミング配信とスマートフォンのサービスエリア拡大の恩恵を享受できるだけではありません。遠隔医療や自動運転車といった全く新しい製品やサービスが実現すれば、さらなるメリットを実感することができるでしょう。また、企業は5Gのメリットをさまざまな業界で活用し、効率性と生産性の面で大きく改善できるとともに、以前はできなかった形のイノベーションを起こせるようになります。
Infosys社でエンゲージメント副部長を務めるFawad Noory氏は次のように述べます。「レイテンシが小さく高い信頼性が特徴の5Gは、さまざまな分野でメリットが明らかになっています。たとえば、製造業においては、大規模でアジャイルなワークフローの再構築によって実現する、新たなデジタルファクトリーです。AGV(無人搬送車)を用いる企業が増えていますが、5Gによって、AGVが担当者の要求にオンデマンドで対応し、在庫確認や重機の移動などをするようになります。エネルギー業界では、太陽光発電所や風力発電所といった分散型エネルギー源やスマートグリッドの普及が広がりを見せていますが、5Gを利用することで制御、サポート業務、電力供給の安定化をリアルタイムで行えるようになります」
これらの素晴らしい恩恵を享受できるようになったとき、消費者はその実現に寄与した高度なコンピューターシミュレーションに感謝することでしょう。これらのテクノロジーを駆使して5Gの導入を素早く成功させた企業は大きな競争優位性を獲得し、長期にわたってマーケットリーダーとして君臨することができるでしょう。