バーチャル・シンガポール

インテリジェントな3Dモデルを作成して市民や企業、政府のエクスペリエンスを高める

William J. Holstein
27 October 2015

公的な機関やリアルタイム・センサーから収集された画像やデータの高度な分析機能を備えたバーチャル・シンガポールは、「スマートシティ」という言葉の意味を一変させる狙いがあります。都市国家シンガポールの市民や企業、政府機関、研究者にさまざまなシナリオでダイナミックな3Dビジュアライゼーションを提供することで、バーチャル・シンガポールは緊急時の避難から夜間も快適に過ごせる都市の実現に至る、あらゆる計画の策定に活用できます。

シンガポールは小さな国に似つかわしくない大きな構想を描いています。この都市国家では世界で最も意欲的なIT実験の一つが行われており、ビルやインフラ、緑地、さらにはシンガポールでの生活のほぼすべての側面を仮想化し、それをインタラクティブな3Dレプリカのシステムとして構築しています。

「バーチャル・シンガポール」という名の本プロジェクトは、シンガポール国立研究財団(NRF)がシンガポール土地管理局(SLA)および情報通信開発庁(IDA)と共に主導しています。開発は段階的に進められ、2018年の完成を目指しています。多くの都市が、市民生活を向上する目的でその都市のデータを収集し、分析しているものの、バーチャル・シンガポールが通常と異なるのはそれが、人口の伸びや新規開発、その他の大きなイベントに応じて都市が時間とともにどのように発展・進化するのをユーザーへ3Dで視覚化できるようにすることを目指している点です。

NRFのプログラム理事会のディレクターであり、バーチャル・シンガポール・プロジェクトを主導する役割も担うGeorge Loh氏は、「私たちは、シンガポールの人々の生活を仮想化して表現する計画です」と述べています。「そこにはたとえば、高齢者が生活する地域や、企業やショッピング・モール、レストランが立ち並ぶ地域に関する人口統計データや交通機関の運行スケジュールなども含まれます。人々はこうした情報のすべてにアクセスし、その意味を理解することができます」

バーチャル・シンガポールでは、多くの政府機関の既存データに加え、スマートフォンやカメラ、センサーからリアルタイムに収集された新規データを整理および分析し、シンガポールが直面する新たな課題や複雑な課題に対応するためのソリューションをモデル化し、予測します。都市計画立案者は、都市をバーチャル3Dモデルで表示するバーチャル・シンガポールを使うことで、人口増加や資源の管理、公共イベント、建物のパターンなど、あらゆる都市の要素に対するさまざまな反応を検証し、最も安全で、最も支持されるエクスペリエンスを作り出すための要素を取り込むことができます。

IDC社のInsights事業アジア太平洋地域マネージング・ディレクターであり、自身もシンガポールに16年間在住しているChris Holmes氏は次のように述べています。「バーチャル・シンガポールはここでは『デジタル・ツイン』と呼ばれています。シンガポールは都市の動きをすべて捉え、この街で起きていることをリアルタイムに追跡しようとしています」

すべての人が利用可能

バーチャル・シンガポールのコンセプトは、ビッグデータやモノのインターネット(IoT)、3Dモデリング、予測解析など、最新のさまざまな技術動向を統合しています。バーチャル・シンガポールは四つの基本的な利用者層に情報を提供します。

Loh氏は次のように説明します。「まず政府機関が使います。人々は一部のデータにアクセスし、生活の利便性を一層向上するアプリケーションを使うためにプラットフォームを利用します。
企業も、顧客に狙いを定めたサービスを提供できます。最後に研究者です。研究者は、新しい技術やサービスを生み出す方法に関して官僚よりもアイデアが豊富かもしれません」

バーチャル・シンガポール・プロジェクトは「スマートネイション」を目指すシンガポールのビジョンを支えるものとなりますが、市民や観光客も利用できるようにするという構想は、リオデジャネイロなど他の都市がその運営を「よりスマート」という取り組みとは根本的に異なります。リオデジャネイロでは2016年の夏季オリンピックを控え、指揮管制センターを開設し、電力使用量や上下水道の管理、交通の流れ、犯罪に関する情報をリアルタイムに収集します。しかし、収集したデータを利用できるのは政府機関だけです。

「私たちは適切なデータを適切な人々に、適切なレベルと適切なタイミングで提供する必要があります」

GEORGE LOH氏
シンガポール国立研究財団プログラム理事会ディレクター、バーチャル・シンガポール・プロジェクト担当

シンガポールのプロジェクトではより大きな課題に取り組んでいます。バーチャル・シンガポールは、複数の利用者層にそれぞれが必要とするデータを提供することを想定しており、機密データや慎重な扱いが求められるデータが確実に保護されるよう管理しなければならないからです。それはセキュリティやプライバシーに関する複雑な課題です。Loh氏は「私たちは適切なデータを適切な人々に、適切なレベルと適切なタイミングで提供する必要があります」と語ります。システムはまた、多くの異なるデバイスへの対応が求められています。たとえば個人がスマートフォンやタブレット、ラップトップ・コンピュータやデスクトップ・コンピュータからシステムにアクセスできること、などです。

「バーチャル」の威力

世界で最も住みやすい都市の一つと評価されるシンガポールが、急成長が予測される中で今後ともそのステータスを維持するために、バーチャル・シンガポールはどう支援できるでしょうか。Loh氏は、毎年九月にシンガポールで開催される自動車のF1レースで市当局が作成する計画をその一例として挙げています。F1レースでは、政府が夜間に道を閉鎖し、フォーミュラカーが市内を走り回ります。
大勢の人がレースを見に来ますが、都市計画立案者は火災を伴うような衝突事故が発生した場合に観客を避難させる必要があります。

都市計画立案者はバーチャル・シンガポールにより、人々のスマートフォンからのシグナルを基にその位置情報を重ね、人の流れを表示することができます。Loh氏は次のように説明します。「入口や出口の場所がすべてわかり、過去の履歴データを使い群衆がどのように移動するのかも把握できます。何か問題が生じた場合は、3Dによる予測可能な知的エージェント・モデリングにより、人々がどのように散らばり、行動するのかを見ることができます。人々をいかに避難させるのか、計画が策定できます」

バーチャル・シンガポールではデータ交換のための共通プラットフォームも開発します。これにより、政府機関が保有する既存データの多くを、セキュリティの管理された環境でより容易にアクセスおよび共有することが可能です。このプロジェクトの主要な目標は、可視化であり、さまざまなソースから収集および統合されたデータを「見える」ようにすることです。

よりスマートで快適な都市

IDC社のHolmes氏は、次のように並べています。「バーチャル・シンガポール・プロジェクトの、そして世界中の同様の取り組みの意義の一つは、政府が機能するしくみをより良い方向に変えるということです。政府のさらなる統合的なアプローチが見られるようになるでしょう。たとえば市内のどこかで下水が漏れている場合、警察に道路を封鎖してもらう必要がありますし、エンジニアには問題に対応してもらわなければなりません。すべての機関が問題を同一のプラットフォームで『見る』ことができれば、問題に対し、より組織的に対処できます」

米国マサチューセッツ工科大学(MIT)都市計画学部のSENSEable City LabのディレクターであるCarlo Ratti氏は「結局のところ、スマートシティ・プロジェクトが直面する最大の課題は、一般市民が関わる部分なのです」と説明します。

世界的なスマートシティの専門家の一人である同氏は次のように続けます。「スマートシティ・プロジェクトで重要なことは、交流や議論を促進するコンセプトを明らかにしなければならない点です。設計の目標は、代替案を作り出し、新たな可能性を切り開くことです。群衆の力によって、未来へのアイデアが描き出され、開発を加速させることができます。私たちの仕事は、人々の想像力を喚起しなければ無意味です。これはすべての市民に関連する事柄なのです」

Ratti氏は、最も理想的なスマートシティ・プロジェクトはトップダウン型ではなく、ボトムアップ型であると述べ、その理由は、スマートシティを作り上げる過程で一般市民が参加することで、市民が作り上げたものをベースに具体的なメリットを実現できる事と説明します。「都市のリアルタイムな情報を提供する大きな目的は、人々がより適切な意思決定を行えるようにすることです。データの生成元である人々にデータを戻すことで、人々は自らの環境とより同期できるようになります」

市民による、市民のためのプロジェクト

バーチャル・シンガポールはプロジェクトを主導する側にも、National Science Experiment(NSE)などのプロジェクトを通じ、若者に科学技術系に対する関心を呼び起こし、それらに取り組む機会を提供します。NSEには二つの目的があります。一つは学生たちに科学、技術、工学、数学(STEM)の実際の応用現場を体験してもらうことと共にバーチャル・シンガポールに入力可能な環境データを収集することです。

シンガポール国立研究財団と教育省がシンガポール工科デザイン大学やシンガポール・サイエンスセンター、科学技術研究庁の協力のもとで企画したNSEは、2015年に300人を超えるシンガポールの若者が参加するパイロット・プロジェクトから始まりました。NSEが終了する2017年までに250,000人を超える学生が参加する見込みです。

各参加者はSENSgと呼ばれるシンプルなデバイスを身に付けます。このデバイスは、どこに行っても温度や湿度、騒音レベルなどのデータをキャプチャすることが可能です。これらの情報は無線で中央のサーバーに送られます。学生はインターネット上でログインすれば、歩数や屋外で過ごした時間、移動パターンなど自分自身のデータを確認できます。移動パターンと二酸化炭素排出量の関係を把握すると共に、友達と情報を比較することもできます。

主催側はこうしたプロジェクトにより、学生が成人し、社会人の仲間入りを果たすようになるタイミングで、ビッグデータを使うことが習慣化されていることを期待しています。Loh氏は次のように説明します。「これはデータのクラウド・ソーシングの第一歩です。人々はスマートでなければいけません。私たちが用意しようとしている膨大な量のデータを人々が活用できなければならないのです」

バーチャル・シンガポールで提供する予定のデータの多くは、統合はこれからですが、コンピュータの画面から数値形式ですでに利用可能です。このプロジェクトの大きな目標の一つは、電卓を取り出さなくてもユーザーが意味を理解できる方法でデータを視覚的に表示することです。ここで決定的な役割を果たすのが3Dモデリングです。

「何も分析しなくても、一枚の画像は多くを語ります。シンガポール人は携帯端末からこうした画像にアクセスできるようになります。たとえば満員電車や混みあったバス・ターミナルの画像を表示すれば、単なる数字よりも多くの情報がより速く伝わるはずです」(Loh氏)

プロフィール

シンガポール国立研究財団(NRF)のプログラム理事会のディレクターとしてバーチャル・シンガポール・プロジェクトを率いるGeorge Loh氏は、オハイオ州立大学(オハイオ州コロンバス)でコンピュータ・エンジニアリングの学士号を取得し、南カリフォルニア大学(ロサンゼルス)で産業システム工学の修士号を取得しています。シンガポール国防省や防衛科学技術庁、NRFで情報技術や研究戦略、ハイテク分野のセキュリティ、システム・エンジニアリングにおける20年を超える経験を有し、シンガポールの国家サイバーセキュリティ研究・開発プログラムや土地と暮らしやすさの国家イノベーション・チャレンジ・プログラムの管理も担当しています。

スキャンするとバーチャル・シンガポールを体験できます
https://youtu.be/9byat0VhqFk

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