フランスのパリから約13km離れたボンドゥフルの地では、新たな職業訓練施設「CampusFab(キャンパスファブ)」の建設が進んでいます。この施設を企画したのは、フランスの製造業者からなるコンソーシアム。そのメンバーには、サフラン社やフィブ社、フランス航空宇宙工業会(GIFAS)などのほか、航空宇宙産業クラスターであるアステック・パリ・レジオン(ASTech Paris Region)も名を連ねています。CampusFabは2019年9月、学生や職業実習生、労働者がハイテクな「未来の工場」で働くために必要なスキルを習得・開発する場としてオープンする予定です。
「今日の航空機産業は数多くの課題を抱えています」と話すのは、CampusFabプロジェクトのリーダーであり、この新施設近隣の職業実習センター「Faculté des Métiers de l’Essonne(エソンヌ職業学校)」でゼネラルマネジャーを務めるCaroline Laizeau氏。「この産業は力強く成長し続けていますが、その一方で、多くの人材が引退を間近に控えている状態です。未来の工場に対応するスキルは不足しています。それが、このトレーニングセンターが必要とされる理由です」
CampusFabは、すでに幅広い企業から注目を集めています。しかも、その視線の主は航空宇宙企業だけにとどまりません。
「当初、CampusFabの必要性を訴えたのは、この地域の航空機産業でした。しかし、他の産業に携わる企業の多くも同様の状況にあることが判明したのです」と、Laizeau氏は述べています。
産業界がトレーニングを支援する必要性が高まっていることは、世界中で明白になりつつあります。この状況は、企業が従業員に習得させる必要のあるスキルが急速に進化し続けていることに起因しています。調査分析会社であるマッキンゼーの報告によれば、労働者が高度なテクノロジースキルを用いる時間は2030年までに米国で50%、欧州で41%増加する見込みです。
マッキンゼーは2018年5月に発表したディスカッションペーパー『Skill Shift: Automation and the Future of the Workforce(スキルシフト:オートメーションと労働者の未来)』で、次のように報告しています。「ニーズが最も急増するのは高度なITとプログラミングのスキルであると予想され、その伸び率は2016年から2030年の期間で90%に達する可能性があります。これらのスキルを備えた人材が少数派になることは避けられないでしょう。しかし、オートメーションの新時代に備えて誰もが基本的なデジタルスキルを開発することもまた、大きなニーズとして存在します」
未来に向けたトレーニング
働き手は、自らのスキルをアップデートしなければ前途は険しいことを自覚しています。
「需要のあるスキルを備えた労働者は成功し、時代遅れのスキルしか持たない労働者は見捨てられるでしょう」とは、ロンドンに拠点を置くプロフェッショナルサービス会社のPwCが2018年に発行した調査報告書『Workforce of the Future「働き方改革」の未来予想』で引用している、ある回答者の言葉です。
企業は従来、従業員のスキルが時代遅れになれば解雇し、新卒者と入れ替えてきました。しかし、その手はもはや通用しません。世界中の多くの先進国において失業率は記録的な低水準にあり、最新のスキルを備えた人材をめぐる競争が激化していることで、そのような人材を採用するコストは上昇しています。今日の企業にとっては、既存の従業員を再教育するのが最善の道なのです。
「当社では、従業員を道端に置き去りにするような真似はしません」と話すのは、フランスの航空宇宙メーカーのサフラン社で人事担当ディレクター補佐を務めるBertrand Delahaye氏です。むしろサフラン社は、人件費全体の4.5%を職業訓練に投資することで、従業員の80%に何らかのトレーニングを年1回以上は必ず受けさせるようにしています。
そのようなトレーニングを提供すべく、産業界のリーダーと教育機関がタッグを組んで協同施策を立ち上げ、スキル不足に真正面から立ち向かおうとしています。CampusFabは、その結果として生まれたプログラムの一例です。
「需要のあるスキルを備えた労働者は成功し、時代遅れのスキルしか持たない労働者は見捨てられるでしょう」
PwCによる2018年の調査報告書
『Workforce of the Future「働き方改革」の未来予想』
2019年、CampusFabは何百人もの職業実習生や被雇用者を受け入れ、デジタルルーム、積層造形製造ハブ、ロボットや自動カートを備えた組立ラインなどの高度にオートメーション化された工場を再現した実際的な環境で、継続的なトレーニングを実施する予定です。そして、いわゆるノウハウの実践を通じて学ぶ機会を労働者に提供することになります。
「実習期間のうちに、理論だけでなく実際に役立つ実践的な知識も身に付けることは重要です」と、Delahaye氏。「当社では従業員に対し、実際の生産ラインとデジタルツールを使って未来の工場の原則について教えるつもりです」CampusFabは、データエンジニアやデータサイエンティストといった重要な役割向けのトレーニングにも対応する予定です。
「多くの働き手にとって、データを使いこなす能力は今や必須のものになりました。そうした働き手の職業は絶えず進化しています」と、Delahaye氏。「例えば当社では、予知保全のモデル作りを進めるに当たり、データを扱える人材を必要としています。当社のトレーニングは、デジタル環境で働く人の助けになるでしょう」
実践第一
専門家の間では、実践的な学習が最も効果的であり、大学在学中からそのような学習を始めるべきであるという意見で一致しています。
「当校は、実習中心の学校です」と話すのは、マサチューセッツ大学ローウェル校でFrancis College of Engineering(フランシス工学部)の学部長を務めるJoseph Hartman氏。「学生が実践的な経験を十分に積めるようにしています。『応力とひずみ』とは何かについて学ぶために、教科書を読むだけで済ませるべきではありません」同校が主催する最上級生向けの設計プロジェクトは、実践的な学習の最たる例です。
「当校では毎年25社前後の企業と共同でプロジェクトを運営しています」と、Hartman氏。「企業から産業界の実際の問題を提供してもらい、学生がその解決策に取り組むという仕組みです。学生は産業界のスポンサーと絶えずコミュニケーションを取り、進捗状況の定期的な報告などを行わなければなりません。これは、学生に仕事への備えをさせるのにうってつけの方法です」
ヒューマンスキルの重要性
ただしテクノロジースキルは、雇用主が求めるスキルの半分にすぎません。Otto Ruijs氏がBusiness Transformation Europe(ビジネス・トランスフォーメーション欧州)部門を統括するスウェーデンのデジタルラーニング専門会社Hyper Island社では、テクノロジーを利用しながら効果的に仕事をするために必要な人的能力を重視しています。人的能力とは、機械には到底使いこなせない社会的・情緒的スキルなどのことです。
「企業が今経験している変化をマネジメントするために役立つ『ソフトスキル』をより多く備えた人材は、今後も引き続き必要とされるでしょう」と、Ruijs氏。「つまり、共感能力や好奇心、レジリエンスといった、人間を人間たらしめているものこそが必要とされるのです」
効果的にコミュニケーションを取り、問題を解決する能力も重要です。「今日は誰もが報告書を書き、簡潔なメールを送り、人前でプレゼンテーションをする能力を求められます」と、Hartman氏。「文化的な素養を備え、世界中に散らばったチームと協力できなければなりません。さらに、創造性も必要とされます。かつては、『こういう問題がある。どんなデータを手に入れよう?』という時代でした。それが今や、『これだけのデータがある。これを使って何ができるだろう?』という時代なのです」
適者繁栄
多くの働き手は変化に前向きです。例えば、PwCが2018年に発表した調査報告書『Workforce of the Future「働き方改革」の未来予想』によれば、エンプロイアビリティ(雇用され得る能力)を保つために新しいスキルを習得することや再教育を受けることをいとわないと答えた人の割合は74%にのぼります。
「継続学習の文化は、社会の進化が目まぐるしいからこそ不可欠です」と話すのは、CampusFabのLaizeau氏。「あるスキルを持っているだけで満足するのではなく、そのスキルを進化させる努力をしなければなりません」
マサチューセッツ大学ローウェル校のFrancis College of Engineeringに通う学生は、生涯学習の概念を受け入れた上で社会に出ることを推奨されます。
「生涯学習こそ、当校が学生に根付かせようとしているものにほかなりません」と、Hartman氏。「業界の記事を読むというような日常的なことも、新しい資格を取得するために勉強することも生涯学習です。私からビジネスリーダーに伝えたいのは、産学は分けて考えられることもありますが、実務の最前線で働く人材を求めているならば、産学が協同すべきだということです」
人材を引き寄せて定着させたいのなら、企業は継続学習の選択肢を提供することによって働き手のスキルアップを積極的に支援しなければなりません。
「これからは人材市場が企業の戦場になるでしょう」と、Ruijs氏。「働き手にとって社内の学習設備は、入社するかどうかの決め手の1つになると考えられます」Delahayeも同じ意見です。「最善の人材を本気で引き寄せたければ、最も先進的なツールをあらゆるステークホルダーに提供することで、トレーニングと進化の手助けをしなければなりません」